滅王


 憎め 憎め

 我を憎み、蜂起せよ

 この国は誰のものでもない、お前たちの者なのだから


 人々は貧困に喘いでいた。

 今年は豊作だったのに、国が統一され、平和になって、外から物や人が来るようになったのに。

 人々は哀しみと苦しみで喘いでいた。

 争いが終わり、これから平和な日々が訪れると期待していたのに。

 畑になる作物は、その殆どが税としてとられていってしまう。豊作だからと税が上がり、結局手元には何も残らない。

 街には、荒くれ者が跋扈している。

 しかし、民も、騎士もそれをとめることが出来ない。

 彼らは「王の友人」。誰よりも王は彼らを保護し、擁護した。

 王は、決して人を殺さなかった。しかし、その施政は民を生かしてもいない。たまに、死よりも辛い圧政を行う。

 しかし、自殺は大罪。一族が同じ道を辿らなくてはいけなくなる。

 これも、今の王が決めたこと。

 王は、民を生かしも殺しもせず、搾り取れるだけ、使えるだけ使い果たそうとしているのだ。


 王宮では。

 王は国中から集めた美女を侍らせ、後宮の奥で幸せをむさぼっている。民から搾り取った血税を、湯水の如く使い、遊ぶのが、王。

 後宮の様子は誰も知らない。誰も入ることが出来ないから。入れるのは、王が擁護している荒くれ者の、その頭角だけだ。

 そして、たまに気まぐれで後宮から王は姿を現す。

 現して、必死で王の穴を埋めている官達を引っ掻き回して、また、後宮に篭る。


 戦が終われば、平和が、穏やかな日々が訪れるのではなかったのか?

 民は涙を隠して、心の奥で嘆く。

 民の嘆きが聞こえぬか。王は自分の立場がわかっているのか。せめて、口出しをしてこなければ……彼がいなければ、民は幸せな生活が送れるのに。

 官は、その思いを押し殺して、王と民の為に苦悩する。


 憎め 憎め

 そなたらには、我を憎む権利がある


「ったく、不器用だな」

 ここは後宮の王の私室。

 ここには女供も入ることが出来ない。入れるのは、王が認めたただ一人。

「しかし、私にはそれしか方法がなかった」

「本当かねぇ……」

 彼は、大きな窓から外を見る。いい天気なのに、国自身に活気がないせいか、ひどく空が重いような気がした。

「あぁ、なんかまたよからぬことを考えている官がいたぞ。地方は結構酷い。ただでさえ多い税だから少しくらい上乗せしてもいいだろうと殆ど取り上げている地方官もいるらしいぞ」

 王に、タメ口を叩く彼の名はヴォルツ。この街の荒くれ者の頭目である。

 彼は、無法者たちの頭とは思えないほど穏やかな表情で、王を見た。そこには労わりすらある。

「いいのか、セシアン」

「もう決めたことだ」

 セシアン……この国の王は、無表情のまま、答える。


「英雄王と呼ばれた父はいい。あの方はこの地に平和をもたらし、その治世も英雄に足るものだったのだから」

 そう遠くない昔、国が乱れた。

 治世をすべき王一族がその義務を放棄したのがその原因。それを端に発し、各地の野心家たちが兵を挙げた。国は倒れ、挙兵した群雄が割拠する時代が訪れる。不安定な時代は民を不安と混乱に陥れ、しばらく続いた。

 そんな世界を統一し、再び民に平和と安寧を与えたのが英雄王、彼の父だった。


 彼は、当然の様にその後を継ぐ事となる。英雄王の息子と言う事で、彼は王となった。


 だからこそ、彼は疑問を投じる。

 その子であるからと、それだけで自分が王となるのは、どうであろうと。自分に王たる資格があるのか、と。

「この先、王の子が王となっていく、そうしたらまた以前のように、愚王が生まれこの地は乱れてしまう」

 そうなる前に、自ら愚王となる事を決めた、王。それが、英雄王の息子だった。

「悪政を行い、民を、官を蜂起させる。そして、国民による国民の国を作る土台となる。その決意を俺は知ったから、お前に協力してきた」

 そんなことせずとも、彼なら賢王となれる。彼の父の激しさとは違う、暖かさを持った彼なら、平和な国を作るのに、十分だともヴォルツは思っていた。

 次の王に愚王を選ばないのも、王の使命だ。きちんと跡継ぎを決めれば、愚王が人を苦しめる事などない。

 そういったが、彼は首を縦に振らなかった。

 王が、次の王を指名しても、次の王に王たるものを命じても、彼になるとは限らないということを、歴史の中で彼は学んでいた。

 愚王が立つか、後継争いで国が荒れるか。

 上から国が崩れていく要因となる、大きな二つ。彼は、それを嫌った。

「王なんか、要らない。皆が、皆の王であればいい」

 極端だ、そうヴォルツは叫んだ。しかし、セシアンは極端だが、それしか私には思いつかないと、自嘲気味に笑ったのだ。

「だからと言って、私が自ら王をなくすのは良くないと思う。それよりも、民自身にその道を選ばせたい」

 そして、彼は自ら愚王となった。


「しかしね、見てご覧セシアン」

 窓の外を。そこは、町が見渡せる。その手前の王宮の前庭。そこには訪れる人たち。


「どんな愚かな王でも、民はお前を必要としている。お前の手に縋りたがっている」

 王の施政が滅茶苦茶だからといって、それを正そうとする官もいない。いわれたことを忠実に行うだけ。それより性質の悪いのが、それに乗じて私服を肥やす者達。

「とりあえず国を廻ってみたけど、そんなんしかいなかった」

 ヴォルツの顔が曇る。

 誰もいなかったのだ。駄目な王に代わり自分がと立ち上がるものどころか、この王の施政を非難するものすらいなかったのだ。

 それは、彼を絶望させた。

 自立心のない民。何故気付かない? この国は、この地はお前たちのものなのに!?

「そんなにも、酷いのか?」

 セシアンの問いに、王の友人はあぁと頷いた。

「ここまで信じられている王もいないと思うがね。どんな圧政でも、必ず考えがあってのことだと信じて疑わない。愚かなまでに」

「その、信頼を壊すような事をやってきた筈なのにか? 私が贅沢の限りを尽くしているのは誰もが知っているはず」

「それでもだ」

 それでも、彼らは王を信じる事をやめない。

「愚かな」

 セシアンは吐き捨てた。

「先までの長年の動乱も、そもそも国が上から崩壊したからではないか? そして再び愚かな王の登場。それでも彼らは動こうとしないのか!?」

 王というものに憎しみを感じ、それなら我がと立ち上がることはしないのか?

「それでも次代に流されていくのが楽なんだろうよ」

 諦めた口調で、ヴォルツは言う。

「諦めろ。諦めて、きちんとお前の思うがままに国を動かせ」

 出来るはずなのである。この王には。本当は優しく、誰よりも民を思うこの男なら。


 彼の近くにいる者なら、誰でも知っている。

 後宮に入ったまま軟禁状態の女性達。彼女らは、セシアンの優しさに触れ、後宮という小さな王国で笑顔と供に暮らしていた。

 それをちょっと拡大して、国全体に笑顔をもたらす事など、彼には造作もないこと。


 しかし。

「嫌だ」

「セシアン?」

 その口調の暗さに、ずっと外を見ていたヴォルツは初めて王の方へと振り向く。そこには、声からわかるとおりの暗い表情をした王がいた。

「そんな愚かな民ならば、私は彼らを憎むだろう」

「セシアン!?」

「すまない。帰ってくれ」

 泣き出しそうな表情のまま、懇願され。ヴォルツはしぶしぶと部屋を後にする。華やかな後宮を出たら、思い切り渋い顔の、しかしなんとも言ってこない無能な官どもの視線を受けるのだろう。

 愚かだ。そして、酷く悲しい。


 一人残された部屋の中で、この先100年間の国の荒廃を呼び起こしたと後世に言われ、滅王と名づけられる王は、涙を流していた。

 その涙は、悲しみ。

 そして、憎しみ。


 他者に依存する事しか知らない愚かな民を

 誰のものでもない、お前らの国を放棄する民を

 私は、憎むであろう

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こんな話もありかなと思って思いついた話。

この国での物語を書くのも、あり。ただし、この王様が主役にはならないけど。