「なんじゃこりゃ」
佐島大翔は思わず声を上げた。
「どうした、ひー?」
後ろに座る須々木優斗が大翔の背中をつつく。県立麓ヶ丘高校に入学して1ヶ月。一番最初に出来た友人だ。
「い、いや……なんでもない」
だが、この発見を口に出すほどは親しくなってはいない。
「ふーん」
優斗は興味なさそうに、机の中から教科書を取り出し、カバンに入れた。彼は、毎日教科書ノートを家に持って帰っているのだ。教科書が揃った瞬間から、廊下のロッカーに全部の教科書を詰め込みっぱなしの大翔とは、大違いである。
「で、ひー」
優斗が顔を上げる。彼は、大翔の事を「ひー」と呼んだ。大翔は彼の事を「ユウ」と呼んでいる。
「部活決まった?」
「いや……まだ」
「じゃ、俺と一緒の所に行くか?」
「地域歴史研究会だっけ? 冗談じゃないっ!」
大翔は首と腕を激しく左右に振る。地域も、歴史も、興味の「き」の字もない……いや、良く考えたら「き」の字はあった。嫌いの「き」の字が。
「ま、そんなオカタイところじゃないよ。一度見に来いよ」
そう言いながら、優斗はカバンを持って席を立つ。心から誘ってはいるのだろうけれど、強く勧めてこない淡白な所が、優斗の付き合いやすい所だった。
「あ、今日は部活の日か」
終業後、優斗がいそいそと帰り支度をしていた理由を理解した。
「じゃ、行ってくる」
「おう。明日」
片手を上げて颯爽と去る友人に、大翔は手を上げて応えた。その直後、再び視線を机上へ落とす。そこには、1冊の冊子が置いてあった。今日配られた、新入生用の学校要項だった。開かれているのは、課外活動――つまり、部活の紹介ページだ。
声を上げた原因は、その一覧に記された一つの部活の存在だった。
「特撮ヒーロー研究会?」
そんなの、縮文で見たっけ?
放課後の教室で、一人首をかしげる。
展示していたなら、こんな名前の部、大翔が気づかないはずがないのに。
略称、縮文。正式名称、縮小文化祭は、麓ヶ丘高校で新入生の為に開かれる、1日のみの文化祭だった。
昔は知らないが、現在この縮文は、主に部活のPRに使われていた。新入生は、各部活が勧誘のために設置した展示や出し物を見て回ったり、体験入部をしたりして、入る部活を決める。この縮文中の部活勧誘は自由だったが、それ以外の公な部活勧誘は禁止されていた。お陰で、先入観で期待していた、校門に列をなすビラ配りとかは一切なかった。
「なぁ、ユウ。部活どこにするんだ?」
縮文当日、大翔は優斗と一緒に校内を回っていた。出身中学の友達同士で行動することの多いこの時期、高校で出来た友人と一緒に居るの大翔たちは珍しい。だが、対して親しくない、たまたま同じ中学出身だった奴らより、優斗との方が一緒に居て楽だったのだ。
「んー。帰宅部」
手作り感溢れる縮文のパンフレットを見ながら、優斗は答える。
「なんだよ、面白くねぇ」
「じゃあ、ひーは?」
「それを探す為の縮文じゃないか!」
そう言ったら、優斗はパンフレットから目を離して、まじまじと大翔の顔を見た。
「……それ、冗談?」
「冗談じゃねぇよ! おれ、高校入ったら部活入るって決めていたんだ!」
「まさか、目指せリア充?」
「そうだよっ! 悪いか!?」
なんだか、馬鹿にされた気がして、大翔は自棄になって怒鳴る。いやいや、そんなことない。青春大事。と優斗はフォローするが、その顔に浮かんでいるものが苦笑では、説得力はなかった。しかも、奴は帰宅部志望だ。
「いや、珍しいなと思って。だって、麓ヶ丘って、進学校だよ?」
「進学校だって、これだけ部活あるじゃないか」
「内申点目当てかもよ?」
「……うっ」
大翔は言葉に詰まる。
麓ヶ丘は県立だが、地域で一番の進学校だった。だから、学校らしい営みよりも、良い大学へ入る為の予備校の様な機能を期待している生徒の方が多い。そんな彼らにとって、部活は内申点を上げるためのツール以外の何物でもなかった。
部活に入らないと言っている優斗も、予備校目的で入学したのだろう。内申点目当てに名ばかりの部活を探さないだけ、潔い。
だが、大翔は違った。
大翔は、高校では『部活』に入るのだ! と、心に決めていたのだ。
中学時代、大翔は部活に入っていなかった。部活の代わりに塾へ行き、麓ヶ丘に受かる為に必死に勉強した。クラスは楽しく、決して面白くない中学生活だった訳ではないが、インパクトの無い三年間だった。そして、その間に感じたのだ。部活をやっている人たちの、なんと輝かしい事だろう、と。
自分も、そうなりたかった。
だから、高校では絶対何か部活をやるのだ、と意気込んできたのだが……
「まぁ、回ってみよう。中には真面目な部活もあるかもしれないし、ひーが気に入る何かもあるかもしれない」
優斗は、ぽんぽん、と慰めるように大翔の背を叩く。そして、ぽそりと呟いた。
「なんせ、伝統の麓ヶ丘だ……」
「どういう意味だ?」
「ん?」
優斗はにこりと笑う。
「良い部活があったらいいな、と思って」
「でも、お前は帰宅部だろう?」
「何を言う。俺は、ひーの楽しい学園生活を願っているんだよ」
……白々しかった。
展示や出し物を見れば、かなりの数の部はまともに部活をしているようだった。
推理研究会、数学研究会、鉄道研究会など、活動しなくても問題なさそうな部ほど真面目な活動をしているようで、大翔は驚く。
「流石、頭でっかちの麓ヶ丘」
一方優斗は、楽しそうに充実した展示物を見ていた。
「すっげーマニアック……天才と何とかは紙一重とは、良く言ったものだ」
「褒め言葉か、それ?」
展示物の監視をしている先輩の目を気にしながら、大翔は聞く。模造紙に書かれた研究発表を読みながら「当然だ」と至極真面目に優斗は答えた。
「すみません」
ふっと視線をずらして、優斗は部屋の隅に佇む先輩へ声をかけた。
「なに?」
展示物の監視係にしてはちょっと細すぎる男の先輩が、大翔と優斗の間に入る。
「ここって、毎日活動ですか?」
「いや、毎週金曜日。フィールドワークがある日は、土日を使うけど、自由参加だよ。あと、文化祭前は人によっては忙しい」
「ああ、発表をまとめるために」
「そういうことだね」
そう言って、先輩はギラリと瞳を輝かす。
「入部希望?」
「えっ!?」
大翔は驚いて優斗を見た。彼は、帰宅と決めている。
しかし……
「はい」
あっさりと彼は前言を撤回した。
「週一だったら問題ないからね」
優斗は博人に笑いかけて、先輩に促されるままに入部希望用紙に、名前を書きはじめた。
「やっぱり、活動も頭いいよな。無理がない」
空が赤く染まっている。西向きの昇降口の硝子戸から、赤い光が長が細く差し込んで、靴を履き替える大翔と優斗を夕日色に染め上げていた。
「中学で入っていた部活がさ、文科系なのにすっごく無茶で、部活以外に何もできなかったんだ。だから、高校では部活やらないって決めていた――大学にも行けなくなりそうだったから」
「でも、楽しかったんだろう?」
「否定はしない。得難い経験だった事も。でも、高校はそうはいかないだろう?」
「まぁ……」
高校は、中学よりももう少し将来設計が具体的になる。『進学』の言葉は、入学から付いて回っていた。そこには、部活一辺倒では無理な話が多かった。
「良く考えたら、麓ヶ丘に入った段階で、そんなことはありえないって分かっているべきだったんだな」
それはそれで、少し寂しい。
外から見て、キラキラと輝いていた部活組は、大翔の憧れていた人たちは、部活一辺倒な人達だったから。
「ところで」
気になって、大翔は尋ねる。
「部活、なんだったんだ?」
「吹奏楽」
「…………」
それは、文科系と言う名の体育系だと、中学の時、同級生が言っていた気がするのだが。
「で、ひーはどうするんだよ」
逆に優斗に聞かれて、大翔は言葉に詰まった。
意に反して入りたい部を見つけてしまった優斗に対し、大翔は全く見つける事が出来なかったのだ。興味を抱けない、と言うか、興味を抱いているのかどうかすらよくわからない。
抽象的に言えば、ビビッと来るものが、無かったのだ。
「もう少し、考える」
握りしめたパンフへ目を落とす。
楽しそうだった。凄かった。憧れた。そんな部がない訳でもない。
でも、その中に自分が入ろうとは、思えなかった。
「ま、入るも出るも自由だからね、部活は」
元吹奏楽部員の声は、優しかったが、どこか突き放した感じがする。それが、大翔にとっては救いだった。
部室は学校の北側に、別棟で二つある。ぼろいを通り越して歴史の趣まで感じ始めた、木造の一棟。無骨なコンクリートブロック造りの二棟だ。
「き……来てしまった」
大翔は、南側にある二棟一階の隅で立ち尽くしていた。
目の前にある扉には「特撮ヒーロー研究会」と、油性マジックで書かれたプラスチック板が張られていた。無駄に達筆である。
大翔は三回左右を見回した。北側に、一棟と向かい合うようにして扉が並んでいる。
すぐ隣で車の通る音がした。びくりと肩を震わせる。左――つまり、東は、石塀と生け垣を挟んで道路だった。右には部室の扉が並ぶ。すぐ隣には、らしくない丸文字で「物理研究会」と書かれていた。
「こ、ここで立っていても不振者だ」
呟いて、大翔は右手を握りしめる。三回拳を上げ下げして、遂にその扉を叩いた。
ゴツッ……
力を入れ過ぎてしまったらしい。拳が痛い。思わずしゃがみこみ、拳を抑える。
「はーい、はい」
悶絶している間に、中から軽快な声がして扉が開いた。
ゴンッ!
「ごめんっ!」
外開きの扉が、大翔を急襲する。大翔は遂に尻をついた。
泣きっ面に蜂である。
「……えっと、大丈夫?」
「だいじょうぶ、です」
痛い右手で痛い額を抑えて、大翔はどうにか立ち上がった。
「まあ、とりあえず入りなよ」
扉を開けたのは、黄緑のポロシャツを着た小柄な少年だった。私服校で名札なども無いから見ただけで学年が分からないのがこの高校だが、彼は分かる。絶対、一年生だ。
自分の視線よりも頭の高さが低い少年に促され、大翔は中へと入る。少年は扉を閉めてから、大翔の横をするりと抜けて奥へと入った。
そこには、逞しい体つきの少年と、化粧をしていないのが不思議な少女がいた。これも分かる。恐らく先輩だ。
「あら、入部希望?」
ゆるやかに流れる茶色の髪を掻きあげて、色っぽい女の先輩が問う。ピンクのカーディガンが春らしい。
「えっと、希望と言うか……」
思わず来てしまいましたとも言えないし、何と言えばいいのかと悩んでいたら、筋肉隆々の先輩が立ち上がって、がしっと大翔の両肩を掴んだ。
「ようこそ、導かれし者よっ!」
「み、みちっ!?」
「俺たちは、君を待っていた! さあ、来たまえ」
妙に芝居がかった台詞と大音量に、大翔はわずかに引く。しかし、筋肉先輩はそんな事を気にする気はないようだった。
「なに、皆まで言わなくてもよい。縮文にも出ていない、この胡乱な部を見つけ、しかも扉を叩いた! それを、運命に導かれし者と言わずに何と言う!?」
「……もの好き」
ぽそっと色気先輩が呟くが、当然筋肉先輩の耳に入る訳がない。
「行こう! 同志よ!! 仲間が待っている!!!」
がしっと肩を組み、筋肉先輩は部屋の天井を指さした。
「は、はぁ」
なんとなく頷くと、色気先輩がゆっくり立ち上がり部屋の隅へと移動する。と、同時に、小柄な少年がいきなり中央の円卓に飛び乗った。
「えっ!?」
少年の体重により、円卓が床にめり込む。床と同じ高さになった円卓に、色気先輩が飛び乗った。円卓は、更に沈む。遂に、二人の姿は消え、床にはぽっかり丸い穴が開いていた。
「え? え? ええーーー!?」
混乱のあまり声を上げている間に、円卓が再び床より現れる。
「乗るぞ、同士!」
「は?」
「何を呆けてる。秘密基地と言ったら、地下だろうが!」
そう言って、筋肉先輩は、どんっと大翔の背を押した。数歩たたらを踏んで、彼は円卓らしき円へと乗ってしまった。それに続いて筋肉先輩も乗のり、がっちりと肩を組む。
軽い浮遊感がした。音もなく、円卓が降り始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
大翔の声を無視して、円卓は大地へと吸い込まれていった。
頭上にぽっかりと丸い光が見える。どこまで落ちるのだろう? そう考える間もなく、足元から明かりがさしてきた。どうやら、自分は透明な円柱の中に居るらしい。
エレベーターの様に円卓はゆっくりと円柱の中を降りていく。間もなく視界が開けた。
「な、なんじゃこりゃー」
大翔は大声を上げる。
そこは、鉄色をした曲線の箱だった。正面のゆるやかに曲がる壁に沿って、巨大スクリーンと、それっぽい端末が置いてある。その手前には、鉄の教壇。そこに、見覚えのある大人の顔が見えた。大翔の担任だ。なぜ、彼がいる?
その隣には、なぜか巫女服を着た少女がニコニコと立っている。さらに教壇の前に、背を向けた男女の姿があった。後姿だから良く分からないが、その中の二人は、先ほど上の部室に居た二人だろう。
まもなく、アニメの様なエレベーターと化した円卓が、止まる。同時に透明な扉が左右に開いた。
「やあ、佐島。ようこそ、特撮ヒーロー研へ!」
教壇の男がにこやかに声をかける。
「河東先生……」
その声につられるように、6人の男女が一斉にこちらへと向いた。その中に、見覚えがあるどころではない顔があって、大翔は今日何度目になるのか分からない大声を上げる。
「ユウ!?」
「やっぱり来たね。ひー」
優斗は全く動じていない。
「なんで、お前。部活……」
「誰も、地歴会だなんて言っていないよ。そもそも、今日は月曜日だ。向こうの活動日じゃない」
「……あ」
確かにそうだった。
確かに優斗は、一度も今日行く部活が、地域歴史研究会だとは言っていなかった。大翔が勝手にそう思っただけで。
「で、ここは?」
驚きはしたが、友人がいる事で少し落ち着いた大翔は、辺りを改めて見回す。この、透明な円柱のエレベーターと言い、この地下と言い、アニメと言うか、一昔前の特撮のノリだ。
「御覧の通り、特撮ヒーロー研究会だ」
全体的に青系統でそろえた服を着たひょろりとした少年が、メガネを指で上げながら答えた。
「えっと、それでこの状態と言うのが良く分からないんですが」
「これだから、レッドは頭が悪くて困る」
これ見よがしに、青服のインテリが溜息をつく。
ところで、れっどってだれですか?
大翔の問いに答えらしきものをくれたのは、インテリメガネの隣にいた黄色いスタジャンの少年だ。
「特撮ヒーローの部。つまり、我々が、ヒーローだと言う事だ!」
「まて、論理飛躍しすぎだろ!」
大翔は思わず突っ込んだ。
「麓ヶ丘高校は歴史が長い」
いつの間にか出てきた銀色の円卓に、全員が座る。ピンクの色気先輩が全員にお茶を配って席に着いら、河東先生が話し始めた。
「長い歴史の中で、学校や町や市、日本、そして世界の平和と安全を守って来た秘密組織がある」
突っ込む事が許されないほど、河東先生の口調は真剣だった。
「それは、時代によって名や姿を変え、脈々と続いてきた――で、今はヒーローと言う形で、ここに、存在する。因みに、部名の『特撮』はカモフラージュだ。ここまでは、わかるか?」
「はぁ――」
分からないと、言えない。現実的ではない、と言うか、お花畑の話だと言う事は理解できたから、頷いた。
「3年に一度現れる巫女に選ばれし、レンジャーが、この5人と、佐島、君だ!」
「いや、俺選ばれていないし」
「彼です」
巫女服の少女が、澄んだ声で語り始めた。
「レッド――レンジャーを率いるリーダー的な存在」
「――だ、そうだ」
選ばれてしまった。
「巫女の信託は絶対だ」
「はぁ」
強い口調で言われると、反論できなくなるのは大翔の悪いところである。
「と、言う事で、お前の隣りにいる5人がレンジャー班」
「はぁ」
改めて見てみれば、皆それっぽい感じがした。服の色で彼らが何色なのか分かるようになっている。インテリメガネ先輩は、青だ。小柄な同学年は、緑のシャツを着ている。色気先輩は全体的にピンク色だった。ふくよかな先輩は、黄色のスタジャンを羽織っている。キャラクターと色の関連性まで、レンジャーもののお約束だ。
あと一人、モノクロの服を着た茶髪の先輩までがレンジャー班。と、言う事は……
「じゃあ、一番向こうに居る人が、6人目? 俺より前に登場?」
「お前、詳しいな」
「物語中盤で6人目が登場するのは、今では常識でしょう?」
「おまえ、戦隊おたくだな?」
「…………う」
思わずもれた言葉で、一瞬にして看過されてしまい、大翔は言葉を失う。
そうだ。大翔がここまで来てしまった理由。この部が縮文に居なかったと断言できる理由。学校のパンフレットからこの部を見つけだした理由。大翔は、特撮ヒーローが大好きなのだ。
物心ついた時から観ている。それどころじゃない。「特撮ヒーロモノ」がテレビで放映され始めた、父母の時代のものから、全部見て、把握していた。指摘されるまでもない、特撮オタクである。
「そうか、特撮に理解があるなら好都合だ」
河東先生は、それが好都合だと大きくなずいた。
「なら、佐島。向こうの二人が何なのか分かるな?」
向こうの二人。大翔を連れてきた筋肉先輩と、ユウ。
筋肉先輩は、ごわごわした銀色のパーカーを着ている。ユウは、首に青いマフラーを巻いていた。
「ま、まさか、宇宙刑事と、ライダー?」
おおっ! と、周囲がどよめく。流石期待のレッドだとまで聞こえたが、あまり嬉しくない。
「ヒーロ班の、宇宙刑事コンプと、ライダージェネだ」
「ユウがライダー? でも、俺らまだバイクは……」
「やだな、ひー。バイクは単車だけじゃないよ」
にこりと優斗が言う。
「自転車だって、立派なバイクだ」
「お前の自転車!?」
大翔はまたもや叫んだ。叫ばざるを得なかった。
だって、優斗の自転車――駅から学校まで乗るために、母親から借りたママチャリだ!
「……ライダーでの出動履歴は」
「まだ、入って3日だ」
ない、と言う事か。ライダー特有の昆虫めいた姿でママチャリをこぐ姿を想像して、大翔は心の底から世界の平和を願った。その姿は、怪人以上に、子供から夢と希望を奪うだろう。
「まあ、活動の詳細は、おいおいだ。当然、レンジャー班には、巨大ロボもあるぞ!」
むしろ河東先生の方が瞳を輝かせて、大翔に語る。
「じゃ、明日から、暇な限りここに来るように」
そう言って、河東先生は立ち上がった。どうやら、大翔の入部は疑っていないらしい。
「先生はこれから職員会議だが、最後に、質問は?」
「はい」
大翔は素直に手を上げる。河東先生は授業で生徒を当てるように、大翔を指した。
「レンジャーの名前は?」
「よくぞ聞いてくれた!」
ふくよか……いや、体格のいい黄色の先輩がドン、と胸を叩くと同時に、4色の先輩たちが教卓の前に、扇形に並んだ。
後列右にピンク、左にグリーン。前列右にブルー、左にイエロー。ちょっと離れたところに、ホワイ……じゃなくて、『六人目』シルバー。
真ん中が、不自然に空いている。恐らく最前列の中央に「レッド」と呼ばれた自分が配置されるんだろうな、と思った。
「放課後戦隊っ!」
5人が、声を合わせて、ポーズを決める。対照的に見えて、非対称なポーズだ。シルバーがぼっち状態なのが、笑える。
「カエルンジャー」
「帰宅部かよっ!」
大翔の楽しい高校生活が、始まった。