勇者と40人の盗賊 6
「フォルトモーラ・デューシス!」
「モーラと呼んでくれれば良いと、いつも言っているじゃないか」
「もう一方の件」の責任者だと王に引き合わされた男を見て、アドルは思いっきり顔をしかめた。
波打つ濃紺の髪に灰色がかった青い瞳を持った、ナンパそうな男だ。
彼はデューシス公爵家の次男坊で、こう見えても剣の腕前は国内でも10本の指に入るであろうと言われている。国の優秀な将軍であり、兼業冒険者。趣味は婚約者に振られること――は、勝手にアドルが追加したプロフィールだ。
「そんな表情を浮かべないでくれよ。傷つくなぁ……フィー……」
「――アドル」
「うん、アドル」
ぎろっと睨んでから、アドルは王へ抗議の視線を向ける。それを予期していたリヒャルトは、苦笑を浮かべた。
「一緒に行動しろと言っている訳ではないから、いいじゃないか」
「でも……」
「こやつへ借りを作るとしたら俺だ。アドル、お前ではないぞ」
うーと、アドルは唸る。そのくらい、彼の頭脳の大半を占める理性の部分では、分かっている。わずかしかないが制御不能な感情の部分で、受け入れられないのだ。
「嫌われているな……」
「嫌いじゃありませんよ。苦手なだけです」
「何が違うんだ」
「全然違いますよ。あまり関わりたくないという点では同じですがね」
つん、とそっぽを向くと、モーラは情けない表情をした。
「あまり釣れなくするなよ。俺は繊細で傷つきやすいんだぞ」
「世間知らずのお坊ちゃんだからだね。すこし世間の波に揉まれたほうがいいのでは?」
「王弟殿下の息子が言う言葉かねぇ……」
これ見よがしの大きな溜息を、モーラはつく。王の甥だから温室育ちなのだろうと言われれば否定できない。だが、彼ほど貴族の純粋培養でないアドルは、彼よりは、世間の世知辛さ知っているつもりだ。
「お主らの漫才は、いつ聞いても楽しいが、話を始めていいかな……」
「漫才とは心外です」
「やはり夫婦漫才ですか?」
王の言葉に対し、同時に違う言葉を返し、二人は顔を見合わせる。モーラは酷く楽しそうに、アドルはとても嫌そうに。
ごほん、と空咳をしてから、付き合ってられんとばかりに、王は強引に話を始めた。
「アドルは冒険者を使って盗賊団を、モーラは軍を使って共謀者を一掃する。大まかな指示はこちらがするが、詳細は任せた」
「了解」
「承りました」
二人は再び、同時に違う言葉を王へ返した。
「誰だ、お前はっ!」
誰何する声が、数年ぶりに再会した幼なじみとの会話に割って入った。アドルの細い眉が、不快気にきゅっと寄る。
「何をしに来た!?」
「頭悪い質問だなぁ……」
アドルは面倒臭そうに、声の主を上から一瞥した。腹が立つほど、相手を見下した表情だ。
「そう思いません? 『勇者の四重奏』――いや、国を悩ませる大盗賊団のお頭、ウーヴェさん」
「罠……か」
冒険者パーティのリーダーは、苦虫をかみつぶしたような顔で答えた。そうそれ、とアドルは嬉しそうに頷く。
「何も知らないエドと、その他数名の為に説明すると……」
妙に引っ掛かる言い方だが、反論は出来ない。確かに、ついさっきまでエドは何も知らなかった。今も、ほとんど分かっていないだろう。
「この先に、目もくらむような宝があります」
ぴっと、アドルは背後を指さす。
「ここにいる方の多くが、それを発見しました。年の瀬、城内が新年を迎えるにあたって慌ただしくなっていた頃です」
どうやって? と言う声が聞こえた。一人目――エドは視線だけを動かして、自分と同じ立場にある者を確認する。
「良い質問です」
アドルは、とても楽しそうだ。
「この先にある宝物の存在は、門外不出。この城を把握している一部の王族以外に知る者がいるとしたら、実際に、この目で見た者だけ。つまり――」
「ここに、来ていた?」
その通り。とアドルは出来のいい生徒を褒めるような調子で、頷く。二人目。
「しかし、この中にいる勘の鋭い方が指摘した通り、この先は一方通行。こちら側から侵入する事は出来ません。どれだけ進んでも、いつの間にか、来た道に戻されています。原理は不明――」
周囲がざわついた。これは、全員が知らなかったことのようだ。
「――なら、なぜ知り得たか。答えは簡単。正しい道で、この先へとたどり着いたからです」
「城内から?」
エドは、思わず疑問が漏れる。アドルは、そうだ、と大きく頷いた。
「流石エドだ。この先は、ヴァスクア聖王城になります。つまり、順路の入り口は城内にある。なら、どうして彼らが城内から入り、この先にあるものと、この道を知り得たか」
ちらり、とアドルは視線を動かした。彼の視線の先にある剣士が、ぎりっと歯噛みをする。
「泳がせたなっ……」
「うん。君が盗賊団のスパイで、脱獄の手引をするだろうと言う事は、予め分かっていたことだから」
怒りに震え始めた男へ、アドルはあっさりと頷いてから、視線を元に戻した。
「この、名もなき巨大な盗賊団は、火事場泥棒から始まって、空き巣・強盗・人身売買などなど、モノを盗むあらゆる事をして、国を悩ませていました」
「人身売買も?」
誰かの声に、アドルは頷く。
「孤児を拾って、育てて、売りに出す。孤児だから、誰も気づかない」
「なっ!」
エドの脳裏に、仲良くなって一緒に遊んだ子供たちが浮かぶ。自分を助けてくれた冒険者にあこがれ、強くなろうとしていた子供。辛い思いをしても、健気に、元気に生きていた。
そして、フェイスの疑問。
ここに、育った孤児がいない理由。エドは、彼を囲んだ集団に視線を走らせる。あの時質問に答えた女性たちは、今日この場にいる。彼女たちに浮かんだ表情は、知らなかったと言う表情ではない。
「そんな……」
あの、慈愛の笑みは何だったのだ。不幸な子供たちを見る、あの表情は嘘だったのか? 彼らの幸せを願う言葉は、口からの出任せだったのか?
「元々、のたれ死ぬ運命だったんだ。おいしい物を食べられて、夢を見られて、最後に育ての親たちの儲けになれるんだから、得しているんだよ」
「本気か?」
幸せを願うと言った口が放った言葉に、エドは呆然と立ちすくんだ。憤りと悲しさで、言葉がでない。
「……ま、そんな感じで」
アドルが、空気を元に戻す。彼は、彼女たちの証言を興味深そうに聞いていたのだ。
「人を人とも思わぬ所業で、聖都近隣を荒らしまわっていた盗賊に頭を痛めた聖王は、君たちを一網打尽にする事に決めた――君たちの背後にあるものも含めて、ね」
「背後とは?」
マテーウスの瞳に、危険な光がともる。
「君達が冒険者面で捕えた、ケチな商人のミヒェルじゃないよ」
そう答えてから、アドルは再び『何も知らぬ者たち』へ説明を始めた。聖王による盗賊団の掃討作戦が行われたのは、1年前だと言う事。この時点で、彼らの大半が、王城の地下深くにある遺跡に捕えられた事。しかし、そこに盗賊団の首脳部は居なかった事。
「見事逃げおおせた実力者たちは、当時見つける事が出来なかった拠点に戻り、再び牙をとぎ始めます。でも、簡単には動けない――だから、彼らは冒険者と言う衣をかぶる事にした」
だから『勇者の四重奏』が冒険者として登録されたのが、一年前なのだ。
「それ以来、冒険者の依頼として、盗賊の仕事が舞い込んでくるようになる。以前からミヒェル経由で懇意にしていた『商品』を売りつけるお得意先と結託して、仲介人を売り『彼に信用を得た冒険者』を演じる事によって」
「まさか、背後にある者とは……」
恐る恐る、といった風に口を開いたのは、エドではない。あの町出身だと言う青年だ――三人目。
「あそこの町は、今日領主が代替わりするでしょう」
何と言う事だ。
「――まぁ、そうやって枝葉を刈り取られても、当然根が残っていれば再び枝葉は生えてくる。だから、返してやる事にしました」
今度こそ一網打尽にするために。あえて逃げ道を作って。その逃げ道に、盗賊であるならばもう一度来ようと思わせるエサを置いて。
「見事だ」
大きな音で、ウーヴェが拍手をする。
「無様にも、しっかりと罠にはまった様だね、我々は」
「面白いくらいに」
アドルがにこりと邪気のない笑みを浮かべる。
「で、まさか、このまま我々が大人しく捕まるとは、思っていないだろう?」
「そう願いたいものだけど」
「そうは思っておるまい」
ウーヴェは凄みのある笑みを浮かべ、カーンと地面を杖で叩く。え、と思った瞬間、エドはナータンとソールに両腕を掴まれていた。
「何!?」
エドは驚く。あり得ない。警戒を解いた訳ではないのに、彼らの動きを全く予測が出来なかった。
エドを拘束する左右の男たちの表情をみて、ぞっとする――表情が、ない。
「少年とは顔見知りのようだね……無残に彼を殺されたくなければ、扉を開けろ」
ちっ。エドは舌打ちをする。自らが人質に取られるとは、思ってもみなかった。悔しさで歯噛みしながら、エドはアドルを見る。自分ごときを質にされて、敵を見逃すようなことはするなと、祈りながら。
「どうぞ」
「…………ですよね」
アドルは動じない。
正直言って、予想通り過ぎて、少し悲しい。
「……何をやっても殺すつもりだろう? 今まで、そうやって来た」
「顔に似合わず、冷静で、可愛げのない餓鬼だな」
「内面が外面に浮き出てくるには、貴方くらい歳を重ねる必要があると思うんだ――フェイス」
その時、アドルが予想外の人物の名を呼んだ。
それと同時に、ずっと隣に控えていた大柄な少女が、背丈ほどある長い棒のようなものを投げつける。それは、エドの頭上を越えて背後へと飛んでいった。
「危ないっ!」
エドが慌てて叫ぶのと同時に、フェイスの目の前を長い物がかすめた。背丈ほどある棒だ。彼女は全く動じず、飛来してきたものを手に取とる。細腕でひょいと持ち上げると、彼女は両手で構えた。
一連の流れるような動作は、舞のようだ。
エドが思わず見取れているうちに、彼女は長い棒を槍のように使い、ナータンのみぞおちを突いた。鋭い突きによってナータンは、突き飛ばされて尻餅をつく。片方の手の拘束が外れた瞬間に、エドは懐から素早く短剣を取り出し、ソールの腕を切りつけた。一瞬拘束が緩んだ瞬間を見逃さず、エドはソールから抜け出す。
フェイスが自由を得たエドの腕をひいて、閉まった扉を背に立った。
盗賊たちは、一斉に扉へと振り返った。彼らの顔を見て、エドは再び鳥肌を立てる。おかしい――何かが。
対してフェイスは、今までに見たこともないくらい凛々しい笑みを浮かべ、盗賊たちを見据えていた。
「自分たちは城へスパイを放っておいて、入ってくることを考えていないと言うのが、素敵ですよね」
「スパイ!?」
くすくすとフェイスは笑い、あたりを見回す。その瞳が、エドへと注がれた瞬間、彼女の顔から笑みが消えた。
「エド、すみません」
フェイスは勢い良く頭を下げる。激しく揺れた髪が、手に持つ棒に絡まった。
「見捨てました。わたくしはまだ、あの時点で告白するわけにはいきませんでしたので」
「いや」
エドは、どこかでほっとしつつ、首を左右に振った。
「俺が浅はかだっただけだ……」
彼女はエドに、この一味の怪しい点を示しつつも、沈黙するように求めていた。それを無視し、無謀な手段に出たのだから、見捨てられても仕方がない。
「知らなかったから、しょうがないのですよ」
フェイスは優しい。優しくて、柔らかい。
エドは呑気に感動する。が、殺気を感じ、反射的に構え直した。気がつけば、二人を、一部を除いた盗賊たちが取り囲んでいる――その数、40人。
「?」
やはり、おかしい。
「個性が消えましたね」
フェイスが、ぽそりと呟いた。彼女の一言で、エドは違和感と、恐怖の正体を知る。
一緒なのだ。一癖も二癖もある盗賊たちの表情が、殺気の強さが、あまりにも均一すぎる。まるで、たった一人の感情を皆が持っているかのように。
「そこまで、堕ちていたんだね」
初めて聞く声が、頭上から落ちてきた。彼らは一斉に、声の下方向へ視線を動かす――動きは違うが、反応が全く一緒だ。
バルコニーには、赤毛の女性が一人だけいた。彼女は仁王立ちをして、腕を組んでいる。妙に貫禄を感じる少女だ。彼女は、挑戦的な笑みを浮かべている。アドルが、いつの間にか姿を消していた。
「さっさと、醜い姿を晒したらどうだい、ウーヴェさん?」
「……そうだな」
カーンと、ウーヴェは杖を鳴らす。
「どうせ、目撃者はいなくなるのだからな!」
叫んだ瞬間、ウーヴェが背中を丸める。右肩甲骨が突き出し、右腕が倍の長さになった。踏み出した左足に巨大な爪が生えている。なぜか、それらの色はぎらぎらとした金色だ。対して右足は、棒のようになっていた。口は大きく裂け、凶暴な牙が見える。半白の髪は真っ白になり、天へとそびえ立っていた。
左右のバランスが滅茶苦茶で、却って統一感が取れているこの姿は、どう見ても人の姿ではない――こういうのを表現する言葉があるとすれば、ただひとつ。
「魔物……」
見知らぬ声が、呟いた。
「魔物が、ここを統率していたのか?」
「違います」
エドの疑問を、フェイスがすぐさま否定する。
「人だった筈です……魔物は、生まれながらに魔物である事はありません」
「魔物に、なったのか」
はい、とフェイスは頷く。
「人を人とも思わない所業を繰り返しているうちに、人ではなくなってしまったのです……」
悲しそうに呟いてから、フェイスは棒を力強く構えた。僧侶は、魔物となった『モノ』を哀れみ、それを壊すことで救う。魔物となってしまった『モノ』は、そうしないと元に戻れないのだ。
「そして、彼ら――」
エドはフェイスの視線を追って、同じ殺気をもっていた盗賊たちを見る。
「なんてことだ」
ウーヴェ程の変化ではないが、彼らもすでに人ではなかった。彼らは虚ろな表情で、佇んでいる。表情豊かにエドをからかったナータンも、無口だが決して感情がなかった訳ではないソールも、いつもどこか澄ましていたアヒムも。皆同じ表情で、何かを待っていた。
平たく均された感情の中に、六つの明らかな意志と、五つの戸惑う気配を見つける。前者の意志を持った魔物へと意識を向ける。彼らは盗賊団の幹部。国が最も捕らえたかった『根っこ』の部分だ。後者は、エドと同じく何も知らない新参者――エドが入ってから、引退したり死んだりした仲間の代わりに入った者達だった――だ。新参者と言っても、冒険者である。混乱から立ち直れば、自身の身を守る事くらいするだろう。だからエドは、彼らをとりあえず放っておくことにした。
それよりも、目の前のことだ。
カーンと地面を叩く音がする。
「……殺れ」
ウーヴェの命令は、短かった。
いの一番に、エドを襲ったのは、彼の上司だった。
彼の姿も変わっていた。いや、形は変わっていない。だが、全ての色が反転していた。
エドと同じく、素早さと小手先の技を得意とするマテーウスは、白黒反転した目を細め、鞭をしならせる。便利なことに、彼が愛用していた何の変哲もない革の鞭は、人をより傷つける素材と形状に変化していた。ただでさえ、彼の鞭に捕まれば性質の悪い事になるというのに、これに捕まれば、いつもの比ではないだろう。
しなる鞭の長さを目測で判断し、エドは後方に飛ぶ。元々壁を背に立っていたから、あまり下がる余裕はない。すぐにエドの背は、壁の感触を得る。
「エドっ」
ぐいっと腕を引っ張られ、エドは横へと転んだ。次の瞬間、エドが背で触れた壁が、鞭で強く叩かれる。丈夫な古代の建物は、ぴくりともしないが、音の激しさで、その威力の大きさが分かった。
「なっ……」
「避けてっ!」
声と共に、エドの頭上で、鞭と棒が交差する。鞭が棒を搦め捕ろうとしたが、棒はその直線からは想像出来ないしなやかな動きで、それを躱した。その攻防の間に、エドは体勢を立て直す。右手を壁に、背をフェイスへ預ける形となった。
「鞭が伸びたぞ?」
「目測を誤ったのでは?」
「いやいやいや」
エドは、地面へと垂らしている、マテーウスの鞭を指し示す。地面に垂れた部分が、マテーウスの周囲を一周するほどの長さもない。
「どう考えても届かないだろう」
「伸縮自在なんですかね。便利です」
「……まぁ、そうだけどっ!?」
目の前の魔物たちが、会話をのんびりとさせてくれる訳がない。エドは、突然目の前に突き出された剣を、慌てて避け、反射的に回し蹴りをしていた。誰かに命中した感触がある。見れば、名前を覚えていない盗賊が吹き飛んで、背後にいた別の盗賊にぶつかっていた。
二人は、バタバタともがいている。
「多すぎるんですよ。狭いから、巻き添えを食らうんです」
言いながらフェイスは、棒をなぎ払う。多勢で襲いかかって来た男どもが、まともにそれを食らい、僅かに怯んだ。その隙を見逃さず、彼女は素早い突きで、彼らへ追い打ちをかける。
驚くべき棒捌きである。刃物を持たない僧侶は、棒や杖を武器として使うというが、それを使って戦うことが本職ではない。あくまで自衛目的、嗜み程度のはずだ。だが、フェイスの技術は嗜みの域を越えている。
ふっと潮が引くように、盗賊たちの攻撃の手が緩んだ。フェイスはその隙に攻撃をするという事をしない。彼女はこれ幸いと、おもむろに歌い出した。エドは、何をしだすのかと驚くが、すぐに、その歌詞がエドには全く理解出来ない発音であることに気付く。呪文だ、と思い至った瞬間、魔物の群れの中から、火球が襲って来た。
あの中には、魔法使いもいたのだ。
呪文から身を守る手段を持たないエドは、被害を最小限にしようと、フェイスの前に立ち、防御体制をとる。しかし、火球はエドの前で見えない壁によって、跳ね返された。跳ね返った火球は、来た道と同じ経路をたどる。見えなくなった、と思った瞬間、汚い悲鳴と、火の柱があがった。
「……!」
エドは首を回し、フェイスを見る。間に合いましたね、とフェイスはにこりと笑った。僧侶が知る呪文は、身を守るものと、人を助けるものが多い。だから、冒険者パーティが欲しがるのだ。
「エド、もう一発来ます」
フェイスの声とほぼ同時に襲ってきた二発目は、一発目とは比較にならないほどの、破壊力を持っていた。
それは、見えない凶器だった。
フェイスの作った見えない壁もわずかに透過し、エド達を襲う。
「寒っ」
見えない凶器の正体はすぐに知れる。冷気だ。エドは首を縮めて、マントを巻き付けた。
降霜にしても寒すぎる冷気は、人が集まった事で急増した湿気を、一瞬にして凍らせる。壁が、天井が、扉が結露し、すぐに凍った。
「どれだけ寒いんだよ……」
「真冬の、晴れた夜の明け方くらいでしょうか」
「あぁ、確かに……」
エドは、中空を見てうなずいた。キラキラと空気が光っている。ダイヤモンドダストは、山間にあったエドの故郷でも、大寒の晴れた朝くらいしか見る事が出来ない光景だ。
中空に漂ったエドの視線は、そのまま見えない壁の外にいるモノへと移る。
意志をもたないその他大勢は、ほとんど凍りついていた。全てが真っ白になっている者、氷柱が垂れている者もいる。寒さに弱い魔物だったらしい彼らは、もう二度と動くことはないだろう。
「無茶苦茶だな」
たとえ同士討ち覚悟だとしても、この魔法を選択するのは、愚かなことではないだろうか。誰だ、そんな命知らずは? エドは、辛うじて動けているモノ達の中から術者を探そうとした。被害の大小はあるにしろ、殆どの者が、先程の冷気によって、ダメージを受けている。魔法を得手とする幹部がとっさに張った結界内にいる数人だけが、例外だ。
「見事です、シリィ」
フェイスがくいっと顎を上げて、称賛の言葉を投げる。彼女は誰よりも早く、術の行使者を見付けていた。エドは、フェイスの視線の先を探る。予想通り、そこに無茶苦茶な呪文を行使した者がいた。
……勘違い。
魔法の壁で守られたエド達を傷つけず、魔物のみを攻撃した呪文が、魔物から放たれる訳がない。バルコニーに立つシリィと呼ばれた少女は、深紅の杖を片手に、にやりと自慢げに笑みを浮かべていた。
「いや、凄いけど……」
豪快と言うか、大雑把と言うか……こちらもかなり寒いのですが。あと、ここから出ないで、この後どうしろと?
「寒いよ、姐さん!」
胸を張るシリィへの抗議の声は、人間から発せられた。この声は、聞くだけで分かる。アドルだ。バルコニーから姿を消していたアドルは、いつの間にか広場に降りていたのだ。
アドルの背後には、エドが確認した『事情を知らないもの』がまとまっていた。彼らはわずかに歪んで見える。アドルの前にも、エド達と同様の壁があるのだ。アドルは、彼らを魔法から守るために、シリィが張った結界を纏って降りてきたのだろう。
「あぁ、ごめんごめん」
シリィは、杖を手に歌を紡ぎだす。女性にしては低い、じんわりと染みわたる味のある声が、部屋に響き始める。壁に張り付いていた白い霜が、水滴へと変わり始めた。凍てついた空気が、彼女の歌で暖まり始めたのだ。彼女は、熱を操る呪文が得意なのだろうか? そんな呪文始めて知るが、エド自身、魔法に詳しい訳ではない。知らないだけで、存在するのだろう。
凍りついて真っ白になったり、氷柱を下げていたりしていた者達が、ゆらりと前後に揺れて、そのまま地面へ音もなく倒れこんだ。エドはその姿に瞑目した。魔物は、滅びると嘗て世界の輪の中に合った時の姿に戻る。死ぬ事で、世界に輪に戻る――そこに横たわるのは、嘗て仲間として1年以上一緒に暮らしていた、仲間の姿だった。
「盗賊の墓場にしては、贅沢な場所だ」
アドルが立ち上がり、光の壁を超える。いつしか歌は止み、外気は心地よい温度になっていた。
「噂の財宝の間の方が好みだがな」
魔物の中から、はっきりとした声がする。倒れた者以外の元盗賊がさっと左右に割れ、中から、ウーヴェが現れた。彼は、魔法使いによってシリィの攻撃から守られていたために、ほぼ無傷だ。
「残念ながら、その夢は叶わないね。ここで我慢するんだ。私も、ここが盗賊の墓場になる事を、我慢している」
言いながら、アドルは腰に佩いた剣を抜く。
「金に魅せられ、人から外れたマガモノ」
諸刃の剣を、振り下ろす。剣先が、ウーヴェの前でぴたりと止まった。
「もう、痛みを知れとは言わない」
淡々と紡がれる言葉に、エドは初めてアドルが怒っていることを知る。
「滅ぼしてやろう」