勇者のための四重唱


せかんど らいふ 3

「あ、あのっ!」

 青い目をキラキラとさせたアールは、背の高いギルベルトを見上げた。

「仲間にして下さいっ」

「仲間?」

 唐突な申し出に、さすがのギルベルトも少々面食らったようだ。

「違う。間違えた! 最初に、助けていただいてありがとうございます、だ」

「……どういたしまして」

「こんな年でこんなに強いだなんて、さぞ、高名な冒険者と見ました。ここで会ったが百年目。ぜひ弟子にしてください」

「……アール」

「何だ、ユーリウス」

 何か可哀想なものを見るような目で、ユーリウスと呼ばれた赤毛の兄は溜息をついた。

「何か、色々おかしい。言い直せ」

「……そうか?」

 きょとんとアールは首を傾げる。その光景に、ギルベルトは、大声で笑った。

「残念ながら、儂は高名な冒険者などではない。昨日ギルドに登録した、ホカホカの新米冒険者だ」

「「ええーっ!!」」

 驚きの声を上げたのは、アールともう一人、彼の後ろでニヤニヤとやり取りを見ていた青年だ。

「じゃあ、なんでそんなに強いんだよ。最初からレベル高いなんて、チートじゃん!」

 濃い緑の髪の青年は、老人には少々理解が難しい表現をした。水平面が高くて、イカサマ野郎? 明らかに侮辱の言葉だが、彼の表情が正反対だ。なにか違う意味があるのだろうか?

「高名だとか、新人とか、チートとか関係ないっ!」

 男性にしては高めな声を、アールは張り上げる。

「オレ達が四人で苦戦した魔物を、一刀両断する技術! 素早くて適切な指示! オ、オレっ!」

 アールは拳を握ってぷるぷると震え出した。口が戦慄く。興奮のあまり、言葉が出てこないようだ。

「どちらへ行かれる予定で?」

「!」

 涙ぐみ始めた戦士を押しのけて。一際冷静に尋ねたのは、恐らく彼らの中で、精神年齢が最年長であろう、ユーリウスと呼ばれた赤毛の青年だ。興奮に水を差される形になったアールは、愕然と握り締めた拳を落とす。

「ユーリっ!」

「アールじゃ、話が進まない」

 ユーリウスは、ぴしゃりと切り捨てる。後ろでひゃひゃひゃと笑う声が聞こえた。ユーリウスに切られて、明らかに肩を落としたアールを、指さして笑っているのは、緑髪の青年だ。

「ニコも黙れ」

「……う」

 氷点下の言葉に、ニコと呼ばれた緑髪の青年も黙り込む。彼らの力関係が、会ったばかりのセバスチャンにも、なんとなく見えた気がする。

「儂等は、シイ山へ向かう予定だ」

 仲間を黙らせて、再びギルベルトに尋ねたユーリウスへ、ギルベルトは答える。

「ボースで依頼を受けた。荒れて魔物化したらしい神を、鎮める」

「えっ!?」

 声を上げたのは、ユーリウスに叱られなかったただ一人だ。見るからに最年少の魔法使い、テオ。

「貴方は、覡子なのですか?」

 ほら。

 セバスチャンは、エドのいる木の下でこっそり溜息を吐く。神を鎮めるのは、普通、巫覡の役目だ。

「巫覡と祭司が鎮められるよう、魔物を倒すのが、仕事だ」

「成る程。なら、冒険者の仕事ですね」

 ユーリウスが、成程と頷いた。そうなのか? と尋ねてくるアールに、まぁ、魔物退治だからね、と答える。やはり「神」相手には「巫覡」だが、「魔物」となると「冒険者」になるのが、冒険者にとっても常識の様だ。

「じゃ、じゃあ、その手伝いをしたいっ! 冒険者の仕事なら、オレ達の領分でもあるだろ?」

「元神だぞ! 無謀だ」

 ユーリウスが叫んだ。

「それがどうした」

「高い志も、命あって物種だと、何故分からない?」

「高い志には、多少の危険や冒険がつきものだ」

「……多少? 君の『多少』の定義には『少』が存在しないようだね」

「どういうことだよ?」

 アールは胸を反らしてユーリウスを真っすぐに見る。ユーリウスも、負けまいと彼を睨み付けた。

 セバスチャンは、ハラハラと二人の様子を見る。本気で二人は睨み合っている。切っ掛けがあれば殴り合いの喧嘩になるのではないかと、思うほど張り詰めた空気で。

「……どうしましょう」

 困り果てて、セバスチャンは頭上のエドへ問いかけた。

「知らん」

 にべもない。

 そんなぁ、と情けない声を上げそうになった時、ユーリウスが、盛大な溜息を吐いた。

「アールの頑固者」

 そう吐き捨てるユーリウスの言葉には、一転して気安さがある。張り詰めていた空気が霧散した。

「分かっているよ。お前が、そうと決めたら絶対覆さないことを。だから、こうやって冒険者になっている」

 ……ユーリウスに同情したい。きっと彼は、自分と同類だ。

「いいか?」

 ユーリウスは、弟とニコへ視線を投げた。

「ユーリが止められないアールを、おれに止められる訳がない」

「僕も手伝いたい」

 消極的な意見と、積極的な意見。アールの表情が、喜びで輝いた。

「と、言う訳で、オレ達を仲間にいれてくださいっ!」

 アールが青い目を輝かして、改めてギルベルトへ申し込んだ。

「主はどう答えると思う?」

 エドの好奇心に満ちた声に、セバスチャンは自信をもって、一言一句違わずに答えることができる。

「『お主らの熱意、しかと受け取った。よろしく頼むぞ、仲間よ』」

 強い願いを無碍にできるほど、ギルベルトは冷淡ではない。領主としては理知的で冷静だが、その本質は全く違う事をセバスチャンは知っている。彼の本質――努力と根性を歓迎する熱血漢が、この熱い申し出を拒否する訳がない。

 ギルベルトは、青い瞳を輝かせる青年の手を、彼に負けないくらい瞳を輝かせて取った。

「お主らの熱意、しかと受け取った。よろしく頼むぞ、仲間よ!」

「……お見事」

 エドが称賛の言葉を落とす。その言葉に偽りはないのだが、素直に喜べないのは何故だろうか。


 剣士アールが仲間に入った!

 武闘家ユーリウスが仲間に入った!

 軽業師ニコが仲間に入った!

 魔法使いテオフィルが仲間に入った!



 互いの自己紹介をしているうちに、セバスチャンはエドを見失ってしまった。一番彼の位置を把握していそうな、軽業師のニコにそっと訊ねるが、彼も見失ったようだ。

「あいつ、テオフィルと同い年な癖に、技術は一流だからな。本気で隠れたら、誰も見つけられない」

 ただ、どこかで自分達を見てはいるだろう、という答えだった。

「君達は、何をどのくらい知っているのです?」

「何の?」

 ニコは首を傾げた。質問が悪かったのかもしれない。

「なぜ、ここに?」

「力の見極め。新米だし、若造だから、どの程度の力があるかの見極めも兼ねた魔物退治」

「エドは?」

「見極め役。まさか、自分より年下が見極めにくると思わなかったけどな」

 成程、そう言う口実で、彼らをここに導いた、と言う訳だ。

「試験中に、別の行動をしてもいいのかい?」

 ニコは苦笑して、首を傾げた。

「わからない。でも、アールは気にしない。自分の思うとおりにしか、進めないんだ」

「納得のいく理由ですね」

「へぇ……」

 セバスチャンが、アールの行動に理解を示すと、ニコは意外そうな表情で声を上げた。

「こういうの、駄目だって言うタイプだと思ったな」

「人は、いつしか悟るものです」

 遠い目をして答える。

 我が道を進む者に、生まれてから60年近く仕えていて、悟らない方がおかしい。彼がそうだと決めたら、常識すら無意味だ、と。

「ユーリ辺りと気が合いそうだな……」

「アタクシも、そう思いましたよ」

 遠い目をしながら、セバスチャンは、確信する。アドルは、ギルベルトとアールを引き合わせて、こういう結果になることを期待していたのだろう、と。

 視線の先では、早く出発するぞと、ギルベルトとアールが、セバスチャン達を呼んでいた。




 エドは、一つになった二組の新米冒険者を追う。平均年齢にすると、中堅冒険者のそれになるが、平均年齢の周囲に彼らはいない。よくまぁ、これで気が合う、と感心するくらい、彼らはすぐに打ち解けていた。

 このまま、一行はレブスへ向かうだろう。

 生け贄の娘の、悲痛な叫びを聞くだろう。

 そして、村人たちに用意された台詞から正しい情報を得て、彼らは山へと向かうだろう。

 彼らが取る作戦は、十中八九囮作戦だろうと、アドルは言った。テオフィルの背格好が、生贄に似ている。それに、気付くはずだ、と。本当の生贄を囮にするのは愚策だと、ギルベルトは知っている筈だから、必ず代役を立てるだろう。

 フェイスが作り、アドルが具体化したシナリオを、エドが反芻しているうちに、一向は分岐路にたどり着いた。



「……分かりやすい立て札ですね」

 道が、二本に分かれている。木々が深いため、先は見えない。だが、分岐の間に新しい看板が立っているので、棒を倒して道を選ぶという博打を行わなくてもすみそうである。

 右手がレブス。左手がシイ山入り口。

 立て札には、そう書いてある。

 まずは、レブスへ行って、先に帰っている依頼人と、本当の依頼人である村長、そして生贄に選ばれた娘に話を聞くべきだろう。神の声を聞いたと言う巫女に会えるのであれば、彼女にも会いたい。

 セバスチャンは、そう考えて右手を見る。この先に、集落が本当にあるのかと思うような山道だ。だが、この先に集落があることを、セバスチャンは疑わない。ギルベルトが治めていたエクウス領にも、そんな村は点在していた。そもそも、カルーラ全体が、山の隙間に人が住んでいるような国である。

「……ふむ。旅人が迷わぬように、朽ちる前に看板を変えているのだな。ボースの牛野郎も、案外気が回る」

 国が管理する大きな道以外は、それぞれの領主が整備を行う。そのため、領主によっては、目に届かない小さな道の整備が疎かになる事も珍しくない。

 話が変わるが、ボースとエウクスは友好関係にある。が、ギルベルトはボース領主を高く評価していない。どっしりとした身体と、のんびりとした所作が、彼のリズムと合わないのだ。セバスチャンと二人きりの時、ギルベルトは隣領の主のことを『牛野郎』と言う。言い得て妙だ。動作や性格だけでない。見た目がそもそも、牛っぽい。

「にしても、それは評価低過ぎますよ」

「そうかな?」

 ペースが緩く、シャキシャキ動くギルベルトとは合わないが、ボース領主は決して愚鈍ではない。牛の食事のように、何度も考えを反芻して答えを出す、慎重型なだけだ。吟味し過ぎ、瞬発力に欠けるのが、玉に傷ではあるが。

「村の幹線ですよ、これは。整備を怠る事はないでしょう」

「そうだな。失礼だった」

 ギルベルトは頑固だが、分からず屋ではない。自分の考えが間違っていると認めれば、素直に認める。

「では、きちんと整備された真新しい看板を信じて、左へ進もう」

「え、何で?」

 セバスチャンの疑問と驚きを口にしたのは、アールだ。

「村で情報集めたりは、しないんですか?」

 その通りである。セバスチャンは、アールに同意して、首を上下に振る。

「何を言っておる」

 ギルベルトは、むしろそれがおかしいとばかりに声を上げた。

「そんな事をしたら、村人と儂等は無関係ではなくなるであろうが!」

「だけど、情報も無しで……」

「せめて、数人が村へ探りに行っても」

「ならんっ!」

 ギルベルトは頑なに首を振る。

「倒す者と祀る者、全く無関係でなければいかんのだ! 儂等はずっと村に居る訳ではないからな」

 セバスチャンは、はっとする。そうだ、だからギルベルトは、ニコラスを先に帰したのだ。ギルベルトの判断は、正しい。自分たちが流れ者である以上、情報不足というリスクを負ってでも、左の道を選ぶべきなのだ。

「どういうわけですか?」

 しかし、年若い冒険者達には、理由が分からない。

「情報不足で強力と思える魔物と戦うのは、無謀です。猪突猛進が服を着て歩いているようなアールですら、それを知っている」

「ユーリ……」

 アールが、情けない表情になった。酷い言われようだが、反論ができないらしい。それがアールの魅力なんだよ、とテオフィルが彼の背を優しくなでる。それだけで慰められるあたり、アールは単純だ。

「おれが行くか? ちゃっちゃと情報を仕入れて、夜が明ける前に戻ってくるからさ」

「田舎村の女には興味がなかったんじゃないのか、ニコ」

「カミサマの生贄に選ばれる娘の器量には興味がある」

「動機が不純。却下だ……が、全員でなくても、誰かが行くべきだとは思います」

 下心丸出しのニコの提案をあっさり切り捨ててから、ユーリウスは再び主張する。彼の中で、情報と言うのは重要なものと位置付けられているらしい。いや、彼だけではない。若き新米冒険者達は、皆そう思っている節がある。

 確かに、情報は重要である。

 それはギルベルトも、セバスチャンも認める。彼らが40年やってきた仕事は、その情報自身を扱うものだったのだから。だからこそ、知っていることもある。

「人から聞くものだけが、情報ではない」

 ギルベルトが、ゆっくりと口を開いた。誰かに聞かせる為に得た、彼の技術である。

「情報など、歩いているだけで得ることができる。いや、歩いて得る情報こそが、重要だ。百の証言よりも、一の体験を得るべきなのだ」

「しかし、事前情報もなく突っ込んでしまえば、準備不足になる可能性もある。危険です」

「だから、すべての感覚を研ぎ済ませて、情報を得るんだ……例えば、ここまでの道でも得られることは、ある」

「この道で?」

「なあ、セバス?」

 主に問われて、セバスチャンは、そうですね、と頷いた。主の側で60年。彼ほど洞察力がなくとも、ある程度の情報収集力と選別力は鍛えられている。

「真新しい看板がかけられるほど整備した道なのに、魔物が現れています。頻度は、山に向かう程増えていますね。少なくとも、山に、いやな影響を与える何かが居ることは確かです」

「……あ、確かに」

 アールは、ぽんと手を打った。

「しかし、それは神が荒れているからだと、事前に分かっています」

「裏付けになる。荒れた神の力も、分かるな……神の力は影響範囲に比例することが多い」

「つ、強いって事じゃないですか! こんな装備で大丈夫なのですか?」

 杖をギュッと握って、テオフィルが悲痛な声を上げる。

「ボースで、可能な限り装備は整えておるだろう? 田舎村に何を期待する?」

「そ、そういえば」

 テオフィルが真っ青になって頷く。

「もっとも……」

 ギルベルトは、彼のすぐそこに伸びていた枝を、優しく掴む。夏の気がまだ濃い立秋。枝には青々とした葉がついていた。

「植物は元気だ。この範囲なら、どうにかなるだろう」

 道に現れた魔物は、動物や虫のモノが殆どだった。どうやら元凶には、植物や現象が魔物になるほどの影響力はないと、考えていいだろう。領内に出現する魔物を、脅えた人の証言や、影響されて起こった事象で見極める力も、領主には必要である。ギルベルトの見立ては、土地勘の無さを差し引いても、大きく間違えてはいないだろう。

「これなら、リスクを侵してまで村へ行く必要がない。そう考えたのだが?」

「なあ」

 ニコが気安くギルベルトへ声をかける。

 彼の、ギルベルトへ対する口調は、セバスチャンをいらつかせる。だが、彼は間違っていない。仲間が対等に接する時の、正しい姿のひとつなのだと、自らへ説明する。

「さっきからじーさんが言っている、『村へ行く危険』ってなんだ? そこに納得できないから、ユーリウスは、つっかかるんだぞ?」

「理由? わからんのか?」

 分からないから聞いている、とニコは答える。答えは言っているはずだが、それでは十分に伝わらないのだろう。恐らく彼らは、そういう考え方をしたことがないのだ。

「生贄を求める神は、村が祀る神だ。レブスの民は、神が鎮まって、再び山を守ることを望んでいる。その理由は分かるな?」

「新しい神を祀るのも、大変ですからね」

 若者たちは、頷いた。

「祀り直すには、とりあえず祭司の力で鎮められる程度にまで、神をおとなしくさせなければならない。魔物化した神なら、弱らせて、魔物として存在できない程度だな」

 和神が荒れると荒神と呼ばれる。荒神の箍が外れると魔物化する。その手順の逆を行うのだ。魔物を滅して荒神に戻す――神としての力が弱っていた場合、そのまま消えてしまうこともあるが、そこまで考慮にいれることは、人の身では不可能だ。それこそ、神のみぞ知る――魔物ではなくなった荒神を、丁寧に祀り上げて和神とする。

「わかるよ、それは」

 そこまでは、若者たちも理解している。山ごとに神のいるカルーラは、神へ祈る人の為の教会よりも、神が住まい祀られるための神殿の方が多い。どの地でも必ずなんらかの神を祀った小さな神殿があり、そこには神を祀るまでの物語がある。

「我々の役目は、魔物を倒す事」

「だな」

「神を鎮めるのは祭司――村長および、村人たちの役目」

「うん」

「自分の身になって考える」

「?」

「力尽くで自分を傷つけ倒した奴の仲間と、それとは全く関係ない人。自分を必要だと言う願い、どちらを叶えたい?」

「自分より強ければ、その力を認めて協力する」

「前のは、なんかむかつくな……自分より力があるなら、てめーがしろ、と」

 アールとニコの意見が分かれた。ギルベルトは、満足そうにうなずく。

「そうだな。まず、ニコの意見を採用したとする。そうすると、倒した者と繋がる村人の願いなんぞ、叶えぬわな。神は、鎮まらない」

「……あれ?」

 ニコが、引きつった笑みを浮かべて首を傾げた。

「では、アールと同じように感じたとする。自分より強い者に繋がる村人の願いを叶える。だが、自分より強い者がいなくなったら?」

「あ、そういうことか!」

 ぽん、とテオフィルが、手を打った。

「力で上から押し付けたら、常に上位にあることをしめさなきゃいけないんだ。でも、実際に魔物を倒した冒険者は、魔物を倒せば村から去る……従う理由である力のある者がいないと知れば、また、荒れてしまうんだ」

 理解したことが嬉しいのか、にこにことするテオフィルの頭に、ユーリウスはぽんと手を置いた。くしゃくしゃと赤毛をなでながら、思案気に口を開く。

「だけど、後者――全く関係の無い人が『お願い』すれば、力を誇示する必要がないし、変な反感も買わない?」

「そういうことだな」

 理解したらしい兄弟に、ギルベルトは満足そうに頷いた。

「神も、叩かれて、落ち着けば、民の声が聞こえるだろう。元々ずっと自分を祀っていた者達の声だ。聞こえれば、応える」

「レブスの人は、ひたすら祈り続ける。魔物を倒したのは、たまたま山に入り込んだ冒険者。その構図を保つことが必要……」

「故に、接点を持ったと認識されぬよう、村へは行かない」

 なるほど、と、腑に落ちた表情で、若者たちは互いに顔を見る。

「わかりました」

 アールが答える。

「じゃあっ!」

「でも、もう遅いから、山への出立は明日にしませんか?」

「……え? せっかく行く先が決まったのに?」

「夜は危険です」

 アールは空を指さす。つられて見上げれば、木々に遮られ、わずかに覗く空は、緋色に染まっていた。

 これは、アールが正しい。



「アドル! アドル!」

 白い岩の洞窟に、掠れ気味の低い声が響く。これが、歌い出すと幅の広い豊かな響きを持った声に変わるのだから、世界は不思議に満ちている、と名前を呼ばれた者はのんきに思った。

「うるさいよ、エド」

 ガン、と鈍い物を叩いた音と共に、落ち着いたアルトが聞こえた。アドルはくすりと笑う。入り口近くにいたシリィが、力尽くで、騒ぐエドの口を塞いだらしい。シリィは力加減を知らないが、エドは丈夫だから、問題ないだろう。

 案の定、静かになって間もなく、わずかな明かりに輝く銀髪の少年が、元気に姿を現した。

「持場を離れていいのか? 夜は危険だから、目を離せないって言っていたのはエドじゃないか」

「魔よけ草撒いてきた」

 それよりも、とエドはひどく焦った様子だ。予想外のことが起こったか?

「どうした?」

 アドルは姿勢を正し、深い青の瞳をエドへ向ける。シリィも幾分緊張した面持ちになった。お人好しで単純な奴だが、判断力に――特に、危険な時の判断力に信頼を置いている。そんなエドが、飛び込んで来たのだ。一大事と見ていい。

「あいつら、村へ行かないで直接山へ向かうつもりだ!」

「………………あそ」

「え、なんだよ、その冷たい反応!?」

 前言撤回。少々評価を下方修正する必要がありそうだ。

「あいつら、情報不足で突っ込んでくるぞ。あと、村にいるフェイスを呼び戻さないとっ」

「フェイスは、今日村に彼らが行かなかったら、戻ってくるだろうね」

 入口に立つシリィの言葉に、エドが振り返った。

「あ? そうだったのか?」

「あの子がクライマックスを見逃す訳がない。そのくらいの判断はするよ」

 アドルはそうだね、と頷く。彼女の頭は結構お花畑だが、決して回転が悪い訳ではない。それに、自分の求める物に関する嗅覚は、恐ろしく鋭い。彼女が、自身で作ったシナリオの、クライマックスを見逃すような間抜けはしないだろう。

「……そういうものなのか」

「そういう子だよ」

 シリィがうんうん、と頷く。彼女もアドルと同意見なのだろう。彼女の真価を知らないのは、エドだけだ。フェイスがうまく猫を被っていると言うよりも、エドが鈍すぎるだけなのだが。

「なら、いい。でも、じーさん達は? 村へ行かなければ、真相へ至るヒントも、折角の伏線も知ることができないぞ。それはそれで、困るじゃないか!」

 真相とは、仕立て上げたシナリオのことではない。生贄事件の真相である。伏線は……まあ、色々だ。エドの言う通り、それらの中には、道中で把握してもらわないと、困る物がいくつかあった。

「問題ないんじゃないの?」

 だが、アドルはそれに関して楽観的だ。

「相手は40年、それなりに良い統治をして来た領主だ。良い領主にも種類は色々あるけど、ギルベルト・ヒサムルは、判断力と状況把握能力に定評がある」

 アドルの持つ情報網では、ギルベルトは、平時よりも乱世で生きるタイプだと評価されている。冒険者のような荒事に、実は向いているのではないかと、アドルは考えていた。年をとりすぎているのが、惜しい。

 蛇足だが、領主の右腕は全く逆のタイプだ。平時で活きる穏やかなタイプ。この二人は、凹凸巧く噛み合い、魔物による荒廃が長引き過ぎてある種の平穏すら存在する今の時代に、ちょうど良い統治をしていた。

「足を踏み入れればわかるだろう。この山が『普通の荒れた神のいる山』と違う事を」

「……そうか?」

 疑問形ながら、すでにエドは納得しているようだ。アドルの言葉に対して素直なエドに、アドルは少しイラっとする。

「だから、さっさと行け。夜は危険なんだろう?」

「あ、あぁ。そうだな」

 しっし、と追い出すように手を振るが、彼は怒らない。くだらない用件で持ち場を離れた者は、邪険にされても仕方がないと、分かっているからだ。

「すまない、早とちりした」

 それ以上のことは、全く分かっていないだろうけど……

「気にするな。エドのお間抜けは今に始まった事じゃないから、問題ない」

「なんだとぉーー!」

 エドがようやくいきり立って怒鳴る。アドルは声をあげて笑った。

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