勇者のための四重唱


せかんど らいふ 5

「――来たよ」

「――来たね」

「ふわふわの服を来た人間、一つ」

「カチカチの服を来た人間、五つ」

「言った通りだね」

「言った通りだよ」

「戦うのかな?」

「許してくれるかな?」

「わくわく……」

「どきどき……」


 シイ山は、もともと荒れた山だ。

 山神は乱暴者で、すぐに火を吹く。おとなしい時にも常時吐き出す毒煙によって、山に住む草木や動物は魔物と化した。

 そんな荒れた山を鎮めたのが、六代前のボース領主とその娘夫婦だった。領主は魔法の素質をもっていた娘を神殿へ入れ、僧侶としての修行を積ませた。そこで得た僧侶の夫と二人で、娘はシイ山を鎮める試みを始める。

 二人はレブスに居を構え、毎日シイ山へと入った。

 最初は二合目までしか行けなかった。なので、二人はここに祠を建てて祈った。

 一年後、祈りが通じたのか、二人は先に進めるようになる。しかし、五合目に至る前に、また阻まれた。二人はそこに祠を建てて一年祈った。

 こうして、一年に二合ずつ山を清めながら、二人は進んだ。五年後、ついに二人は山頂へ至った。

 二人は毒煙を吐き出す火口の上に石の祠を建てた。毒煙の真上で祈ること、更に五年。二人はついに、山を鎮める事に成功する――己の命と引き換えに。

 山神は、命を懸けた夫婦の祈りを聞いて、山の守りを二人に任し、自身は山の奥深くで眠ることにした。

 それ以来、息子の子孫が村長となり、村全体で山を祀り続け、百年以上が経つ。シイ山は相変わらず魔物を発生させるが、その数は圧倒的に減った。夫婦が作った四つの祠を拠点に、山に登る人も出てきた。

 今では信仰の対象とすらなったシイ山は、今日もボース領を見下ろしている。



 それは、小さな神殿だった。

 石の床に、石の柱。石の天井の東屋風の建物だ。中央に、直方体の石が置かれている。その前に、祭壇。壁の無い建物だが、風雨による老朽化は見られない。祭壇に供えられている生花と穀物、そして酒は、まだ新しいものである。ここの神を大切に祀っている証拠だ。

「さあ、姫……」

 生贄の名前を知らないから、ギルベルトは生贄役のテオフィルを姫と呼ぶ。呼ばれるたびに情けない表情を浮かべるテオフィルは、やはり眉を下げて力無い笑みを浮かべてから、一歩、前に出てから、振り返った。

「で、どうするの?」

「…………」

 答えがない。

 ここでの、贄の捧げ方など、誰も知らない。

「え、えっと……あの、奥の石が怪しくないか?」

 ニコが、祭壇の奥にある直方体の石を指さす。それは、人が横になるのにちょうど良い大きさだった。

「……うむ。姫、そこに横になるがよい」

 祭司になりきったギルベルトが、厳かに頷き、姫へ指示する。テオフィルは頷いて、祭壇の奥へと足を踏み入れた。思わず、一歩前に出た者がいる。ユーリウスだ。心配だと、顔中で言っている。

 ごくりと、生唾を飲んで、テオフィルが石に手を触れた。

 その時――

「うわっ!」

 音を立てて、石が左右に割れた。

「……隠し部屋?」

 下に、ぽっかりと穴が空いている。

 変化にいち早くテオフィルの元へ駆け寄ったユーリウスが、現れた闇をのぞき込む。

「階段が、ある」

「下へ行け、と言うこと?」

「……皆で行こう。姫を真ん中に。儂、ニコ、アール、姫、ユーリ、セバス」

「ギル様が先頭とは、危険すぎます!」

 セバスチャンは叫んだ。

「先頭は駄目です。どんな罠が潜んでいるか……」

「じーさん。先頭は俺に譲れ」

 ニコがぽん、とギルベルトの肩を叩いた。いつの間にか、火を灯していたランタンを手に持っている。

「ギルじーさんが無茶をすると、セバスじーさんまで無茶をするんだぞ」

 そう言って、ギルベルトの答えを待たずに、地下へと進む。ランタンに照らされて、ぽうと闇色の穴が明るくなった。

「うおぅ!?」

 深い緑の髪が地下に消える前に、ランタンの光が一際明るくなった。それと同時にニコの叫びが響く。

「どうした!?」

 ニコの叫びに、仲間たちが血相を変えて穴をのぞき込む。穴の先で、ニコが振り返って、苦笑いを浮かべた――無事だ。

「悪い。いきなり明るくなったから、驚いた」

 照れ隠しに階段を駆け降りて、ニコが再び振り返った。その顔が、周囲の整えられた地面が、はっきりと見える。明るくなったのは、ランタンのせいでは無かった。この地下自体に、光源があるのだ。

「道があって、奥に部屋が有る。ラスボスが居るのは、そこじゃねーか?」

「……だろうな。行くぞ」

 ギルベルトは頷いてから、階段を降りる。仲間たちが、それに続いた。


 階段は、エクウスの城並に、しっかりしていた。

 先に見える広間までの道は、一列にならないと通れない狭さではあったが、艶々とした大理石で出来ていた。壁も、天井もだ。等間隔に並ぶのは、魔法の光。人が入ると光る仕組みになっているようだ。

 大理石に汚れやチリはない。中まで手入れが行きとどいている。

「やはりな」

 ギルベルトの呟きが、予想以上に反響した。

「何がです?」

 ギルベルトの後ろを歩くアールが尋ねる。ギルベルトは、首だけ振りむいてにやりと笑った。

「おかしいと思ったのだ。確信した――儂の違和感は間違えではない」

「違和感?」

 うむ、とギルベルトは頷く。

「荒れた山。確かに魔物は多かった。しかし、祠は無事だった。シイ山の神による加護がある祠が。おかしいと思ったんだよ」

「あ――」

 ユーリウスが声を上げる。

「神が荒れた筈なのに、祠に、その荒れた神による魔除けの加護が残っていたのは、おかしい!」

 ……しい……ぃ……

 磨かれた大理石の通路にユーリウスの声が響く。

「祠の結界は、最初に消えるはずなんだ」

「そういうことだ」

「え? え? じゃ、じゃあ……」

 テオフィルが、きょろきょろと兄とギルベルトを交互に見る。

「神様、荒れていないの?」

「えーっ!?」

 ようやく彼らの言いたい事を理解したアールが、大声を上げる。響き渡る声に、皆が一斉に顔をしかめた。

「ごめんなさい」

 非難の目に、アールは小さくなる。小さいまま、疑問を口に出した。

「荒れていなくても、神様は生贄を要求したのか? それって、どうしようもないじゃん」

「本当に必要……って事だもんなぁ」

「あ、でも、神殿で見た魔物は、なんなんだ?」

「そうだ、それも変だよ」

「……焦るな」

 ギルベルトが苦笑しながら飛び交う会話を止める。

「先へ行けば、分かるだろう」

「それもそうだな」

「あっ! ギルベルトさん、これだけは」

 先へ進もうとするニコとギルベルトを、テオフィルが止める。

「何だ?」

「アールの剣、このままで良いって言ったのって、もしかして『神様』の正体が、薄々分かっていたから?」

「……なんだと思った、姫?」

「姫はもうやめてよ……――人間?」

「人間?」

「うん、人間。悪党が、村長の娘さんを攫うために神様のふりをした、とか」

「なんで、そう思った?」

「アールに人殺しにはなって欲しくない。朽ちた剣なら、殺す前に、壊れる」

「なんだよ、それ!」

 アールの声が、再び通路に響いた。

「信用ないの、俺? 人相手に、殺さずに倒す事も出来ないって思われているの? なんか、凄く馬鹿にされた気分」

「…………」

「ユーリは確かに素手だけど、ニコは? あいつ、急所攻撃だよ」

「そっちこそ馬鹿にしてんのか?」

 不機嫌な声が飛んだ。

「殺す事を知る者は、殺さない事も知っているんだ。おれの持つ『技』ってのは、そういうのなの。それを、じーさんは知っているだけだ」

「俺だって、人は殺さない。間違えて殺してしまっても……その罪を追う覚悟は、剣を手にした瞬間から、持っている」

「アール君」

 一人だけ、人相手に加減できず、間違えて殺すような未熟な人間だと判断された。いや、間違えて殺す事もあるだろう。その時の覚悟すら持っていない人間だと、ギルベルトに思われた。そう思い込んだアールの名を、セバスチャンは優しく呼ぶ。

「覚悟がないと思っている訳じゃないんですよ。アール君は、立派な剣士です」

「でも……」

「それでも、人を殺すようなことにはなって欲しくないんです。老婆心だとでも思っておいてください」

「老婆心?」

「そう」

 セバスチャンは、ゆっくりと、深く頷く。

「人相手にニコが短剣を取りだしたら、ワタクシが止めたでしょう。テオに攻撃的な魔法を使うような作戦を、ギル様は、指示しないでしょう。ユーリウスが殴り殺す前に、ワタクシ達が殺すでしょう」

「余計なお節介だ」

「わかっておりますとも」

「俺だって……ギルベルトさんやセバスさんに、人殺しをしてほしくない」

「ありがとうございます」

 アールが顔を上げた。セバスチャンは、ふっと笑って見せる。

 つられてアールもほほ笑んだ。

「セバスさんって、不思議だね」

「?」

「究極の癒し系だ」

 癒し系? このワタクシが?

 セバスチャンは驚いて小さな目を見開く。その様子に、アールは声を上げて笑った。

「自覚ないんだ。だから、ギルベルトさんは、セバスさんと一緒に居るんじゃないの……って!」

 ごつん、とギルベルトがアールの頭を叩く。

「ギ、ギル様っ!」

 彼が、人に手を出した事に、セバスチャンは驚いて青くなった。

「若造が、分かった様な口をきくな」

「ギルじーさん、照れてやんの」

 ニコがからかう。

「だ……断じて、違う! 照れてなどおらんっ!!」

 枯れても力強い声が、全員の耳を叩いた。みな、耳を押さえながら、笑いだす。セバスチャンも笑った。

 知らなかった。

 ギルベルトは、照れると怒るのだ。

 60年一緒にいて、初めての発見だった。


 人ひとりがやっと通れる狭い大理石の通路の先は、人が十人くらい余裕で寝られるほどの広間だった。

 やはり、全面が大理石でできている。何とも贅沢な洞窟だ。真っ白な大理石の空間には、祭壇も何もなかった。ここで何を行うかは、レブスの人々しか知らない。

 その何もない空間の真ん中に、二つの塊があった。桃色と空色の人型をしている。一同が広間に入った瞬間、それらが動いた。目が二つあって、その下に鼻と口が一つずつある。一般的な動物と同じ配置の顔だ。耳は人と同じ位置に、人のそれより大きく先の尖ったものがついていた。

 一際大きな、空色と桃色の瞳が、ぎょろりと侵入者を見る。人より大振りの口がパックリと開いた。

「来たな!」

「来たぞ!」

「遅い」

「待ちくたびれた」

 魔物がしゃべった。

 驚く一行の方へ、交互にしゃべりながら、二色の魔物はピョンピョン跳ねながらやってきた。目の前にまできてようやく分かる。それらは小さかった。一番小さいテオフィルの胸までしか高さがない。

「生贄は持ってきたか?」

「ソンチョーノムスメは持ってきたか?」

「ふわふわのが女だって言ってた」

「ふわふわのがソンチョーノムスメだって言ってた」

 桃色と空色の小さな魔物は、「ふわふわだ」と言いながらテオフィルが着た女ものの衣装にじゃれつき始めた。

「ユー、これ、楽しい」

「ズオ、これ、絡まった」

「……どうしよう」

 テオフィルが、助けを求めるように、隣に居たギルベルトを見上げる。

 本当に魔物がいる可能性は考えていても、こんな魔物だとは思わなかったのだろう。放心していたギルベルトは、テオフィルに助けを求められて、我に返る。

「落ちつけ……お主らが、生贄を求めた魔物か?」

 取り繕うように空咳をして、ギルベルトは魔物達に尋ねた。

「うん。『いけにえ』って言った」

「うん。『いけねえ』って言った」

「『ムライチバンノムスメ』で良いですか? って言われた」

「うんって答えた」

「『ムライチバンノムスメ』ってうまいか? って聞いた」

「うんって答えた」

「…………」

 ギルベルトは太い眉をしかめ、片手をこめかみに置いて、黙り込んだ。60年一緒にいなくても、彼の気持ちは分かるだろう。

「お主ら、人を食べるのか?」

「人? 食べないよ。不味いもん」

「人? 食べないよ。面白くないもん」

「……なぜ、生贄を求めた?」

 いやな予感しかない。

 とっても平和な、いやな予感だ。

「面白いから」

「慌ててたから」

「――悪戯か?」

 ギルベルトが、町の名士をも黙らせた表情で、魔物達を睨む。小さな魔物は、ひぃっ! と悲鳴を上げて飛び上がった。

「いけねぇっ!」

「いけねぇっ!」

 ……成る程。

 交互に叫びながら後退さる魔物達を見て、セバスチャンは納得した。

「聞こえますね『生贄』に」

「ちょいまて、じーさん」

 事情を理解したらしいニコが、ふらりとよろけた。気持ちは分からないでもない。

「あれか? ここで悪戯していたあいつらが、巫女さんに見つかった。奴らは、こうやって、いけないって言いながら、逃げ出そうとした」

「……それを、巫女様が、聞き間違えた?」

「巫女は、老齢だそうです」

 セバスチャンの補足に、一同はさもありなん、とため息をついた。

 つまり、魔物達の言葉を聞き間違えた巫女が、慌てた。それを面白いと感じた魔物は、悪戯をしかけた。巫女が言うままに頷いて、村長の娘を生贄に求めたのだ。

 その後、どうするつもりだったのか知らない。驚かせた後、魔物達は笑いながら姿を消すつもりだった気がする。そして、狐につままれたような表情の村人を見て、更に笑うのだろう。

 少なくとも、人を不幸にする結末を望んでいたとは思えなかった。

 彼らは人を悪戯の対象と見ていても、敵とも、食事とも見ていないのだ。

「お主らっ!」

 ギルベルトの、老いても凛とした声が、広間に響く。ひいっ! と小さな悲鳴が聞こえた。悪戯好きで臆病な魔物と言うのもいるらしい。

「多少の悪戯はかまわん! だが、節度を弁えろ! 泣かせるな! 今度人を大いに困らせていたら……わかっているな?」

「え……今はいいの?」

「……オイラと戦わなくていいの?」

 きょとん、と大きな瞳がギルベルトを見上げる。年老いた人間は、子供のような魔物へ、鷹揚に頷いた。

「悪戯なら、一回は見逃そう」

「いいの?」

「本当に、いいの?」

 知恵のまわる魔物達は、ギルベルトの寛大な処置が信じられないようだ。

「儂に二言はないっ!」

 二匹の魔物は、顔を輝かせてぴょんと跳ねた。表情豊かな二匹に、魔物にも感情があるのかと驚く。

「なら、逃げるよ」

「とんずらするよ」

「一度きりだぞ。次は、容赦せん」

「わかっているよ」

「わかっているよ」

 こくこくと頷きながら、彼らはぴょんぴょんと跳ねた。跳ねるたびに、姿が小さく、声が遠くなる。

「オイラ達、慌てさせるのは楽しいよ」

「オイラ達、驚かせるのは愉快だよ」

「うまい遊びが好きだよ」

「うまい話が好きだよ」

「でも、悲しいのは面白くないよ」

「でも、怒られるのはつまんないよ」

「だから、気をつけるよ……」

「だから、みつかんないように、やるよ……」

 素直に受け入れてもよいのか分からない返事を最後に、声と姿と、気配が消えた。小さな魔物達は、逃げ出したのだ。

 悪意がないのは理解したが……それで良いのか? 人の常識を知らない魔物に、節度というものはあるのか?

 しかし。

「なら、よし!」

 ギルベルトが、腕を組んで、しっかりと頷いた。

 なら、それでいいのだろうと、セバスチャンは納得する。

「いい?」

 テオフィルが、訊ねた。セバスチャンは、囮の少年の頭を優しくなでる。

「良いんですよ」

「違う。服」

「あ」

 こりゃ、失礼。

「終わりました。脱いで良いですよ。囮役、御苦労様」

 ずっと憂鬱そうな顔をしていたテオフィルが、パッと笑みを浮かべた。こんなに女装は嫌だったのかと思うと、少し気の毒になった。


 ギルベルトは、魔物をやっつけた!



「これで……終わり?」

 アールが大理石の床に座り込んで、刃がボロボロの剣を見る。対魔物には役に立たない剣。人を殺す確率の低い剣。それは、敵を前にして抜かれることはなかった。

「荒れて魔物化した神様は?」

「いなかったな」

 そもそも、山の神は荒れていなかった。魔物が多いのは元々なのだ。

「神様の振りをして、女の子を要求する人間の悪党は?」

「杞憂だったらしい」

 悪党ではなく、悪戯っ子がいただけだ。

「……なんか、拍子抜けだ」

 理由はどうであれ、生贄を本気で求める存在が、そもそもシイ山にいなかったのだ。

「良いではないか」

 ギルベルトが大らかに笑う。対する若者たちは、いささか消化不良のようだ。当然だろう。覚悟を決めて突入したオチが、これなのだから。

 振り上げた拳を何事もなかったからと素直に下ろせるほど、彼らは悟ってはいない。

「危険なく、問題を解決できるのが一番だ」

「でも、どうやって顛末を依頼者に説明するんです?」

「そのまま伝えればよかろう」

 ギルベルトは気楽だ。年老いた巫女の聞き間違い。それに乗じた魔物の子供じみた悪戯。間抜けとも言えなくもないオチだが、変な装飾を加えず、間抜けなまま報告するのが良いと、セバスチャンも考える。長年、報告を受ける側だった二人の経験上だ。嘘や繕いは、わかるものなのだ。

「村長に伝えれば安心する。一生懸命祀った神は、荒れてなどいない、と。生贄は、魔物の悪戯だ、と。それで、十分依頼を果たしたと思うが?」

「うーでも」

 それでも、アールは煮え切らない様子だ。

「お主の気持ちも、分かる」

 ギルベルトが、深く頷いた。


 いやな予感がする。

 今までの努力が、すべて悪い方に働いたという、予感が。


「次の仕事は、存分に剣を振るえるものにしよう」

「なら、魔物退治!」

 はいはい! と元気に手を上げて、アールが続く。

「まだ、続けるんですか!」

「何を言う、セバス。儂が、一度きりの冒険で満足すると思ったか?」

「――いや、思いませんでしたけどね」

 真面目に問われたそれに、セバスチャンは溜息と共に答えた。しかし、それを、セバスチャンが、家族が望んでいたのは、確かだ。

「あるわけないと思っておりましたよ、はい。」

 望んでいたが、そんなに世の中がうまく行くとは、思っていない。

「だって貴方は、その粘り強さに定評のあるお方。裏を返せば『しつっこい』『頑固な』お方。えぇ、諦めるとも、飽きるとも、思っちゃいませんでしたよ。淡い夢を見ていただけです。人の夢は儚いんです」

「思いっきり、しかも一言一句間違えずに言うな……何度も」

「言いますよ。それがアタクシですからね」

 そこまで言って、セバスチャンはギルベルトと顔を見合わせる。見つめ合ったまま、どちらともなく、ぷっと吹き出した。

 老人二人の、明るい笑いが広場に響いた。

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