せかんど らいふ 6
「アドルっ」
「アドルだっ」
シイ山に無数にある洞窟の一つに、ユーとズオは姿を現す。洞窟のなかには、四人の人間がいた。だが、彼らにそれを見分ける力はない。一人を除いて。
「懲らしめられなかったんだ」
つやつやとした桃色と空色の魔物を見て、空色の髪をもった人間が微笑む。何でこの人は、わざわざこんな色をしているのだろうと、二匹はいつも残念に思う。
「見逃してくれた」
「一回は見逃してくれた」
「次はないって」
「アドルと同じこと言った」
「それは、それは」
アドルは驚いたようだ。声が少し高くなる。
「思ったより柔軟な領主様だったようだ」
「冒険者になりたいだなんて言い出す御仁だからな」
アドルじゃない人間が言った。
「痛い思いしなくて、良かったですね」
別の人間が、ユーに手を伸ばす。ユーは跳び退さった。人に触れられるのは、苦手だ。
それを見て、アドルが苦笑してズオの頭を優しく撫でた。ズオはくすぐったそうな顔でほほ笑む。
「あー!ズオだけずるいっ!」
アドルだけは、許す。むしろ、触れてほしい。
「フェイスに撫でてもらえばいいじゃないか」
アドルじゃなきゃだめなのだ、と何度言っても、彼は理解してくれない。
「まぁ、なんとか収まりそうだね」
最後の一人の言葉に、アドルは苦笑する。
「消化不良だろうけど」
「満足はしないだろ。あれじゃ、一回きりってわけにはいかない」
一人だけ違う声の人間が、肩をすくめる。オトコと言う種類だとくらいは、二匹も理解していた。
「大立ち回りしたって、止めやしないよ。余程のことがない限り」
「余程のこと?」
「大切な人を、道楽で失う」
「…………」
男が絶句して、他の人間へ視線を動かした。
「そんな目でみないでください」
金色のさらさらした髪の人間が、不快そうに声をあげた。
「その手段を取るほど、わたくし人を止めてはいません」
「……うん、いや、ごめん。わかってる」
一番大きな人間が、ユー達よりも小さく見えた。
なんでだろう?
「さて」
ぽん、とアドルが手を叩いて、屈み込む。大きな深い青色の瞳が、真っすぐ魔物二匹に注がれた。彼はなんで、こんな色をしているのだろうと、とっても残念に思う。
「君達は、少し反省して、ここから去った方が良い」
「うん。反省する」
「うん。悪戯止めない」
「知ってる」
それは、二匹の存在意義だ。
「でも、大変な事にならなくて良かった」
「生贄、来なくて良かった」
二匹は、ピョンピョン跳ねながら、ありがとうと繰り返す。感謝しているのは確かなのだ……
アドル達は、軽快に跳びはねながら風に紛れて去って行く魔物達を見送った。
生贄騒動の始まりは、ギルベルト達が知った通りだった。
アドル達は、通りがかりの村で不穏な話を聞いた。山を守っている神が、荒神を通り越して魔物になった、と。それはおかしい、と言ったのはシリィだ。彼女は、外の人より神を知ることができる。
なら神殿にいたという魔物の正体を見てみよう、と一行は山に登る。山はいつも通り、荒れていた。
これは偽物だ、と確信を持って神殿に入った瞬間、アドルは苦笑する。
「……君達か」
会うなりそう言ったのは、無理もないことだろう。この魔物と会うのは初めてではなかった。それらは一度アドルによって、悪戯がばれている。少しの罰と、多大なお目こぼしを受けていた。それに恩を感じているかどうか、二色の魔物は妙にアドルに懐いている。
「村では、大騒動になっているけど、どうする?」
「大騒動?」
「大騒ぎ?」
「君達を倒すために、大部隊がくるかもしれない」
「え!?」
「ええっ!?」
それは困る。二匹に、戦闘能力はない。彼らに有るのは、悪戯心だけだ。
「生贄を求めたのがいけなかったね」
「イケニエ?」
「アドル、イケニエって何だ?」
「…………」
アドルは絶句した。
どうしたんだ? と覗き込んだら、彼はおかしそうに笑い出す。そんな気はしたんだけど……と笑いながら呟く。そして、彼らへ『生贄』の意味を教えた。
「困る! 人間なんて、オイラ食べない!」
「困る! 人間なんて、美味しくない!」
鋭い歯を持たない口から想像できるように、彼らは肉を食さない。人を貰っても、困るだけだ。
「悪戯の報いだね」
「う~~」
「うぅぅ~~~」
アドルの言葉に、二匹は唸る。報いはあるが、止められない。そういう性なのだから。
困り果てた二人に、アドルの声は神の助けに聞こえただろう。
「上手く、収めようか?」
いや、魔物だから、魔王の救いの手、とでも表現すべきか。
少なくとも、その時アドルが浮かべていた笑みは、慈悲のそれではなかったが、人の顔が良く分からない二匹に、それがわかるはずもない。
アドルは、ちょうど物語の種が欲しかったところだったのだ。
それから、フェイスが考え、アドルが具体化したストーリーを携え、四人はそれぞれの舞台へと向かう。
アドルは、エクウスへと向かった。
穏やかな街の、最も大きな屋敷のドアを叩く。
「ダーヴィット殿は、おられますか?」
女性よりも低く、男性にしては高い声が、城に響く。
「王の命で参りました」
老いた勇者の、長い、長い物語の始まりである。