勇者のための四重唱


鏡面翻弄 1

「僕と一緒に死んでくれる娘を募集したいのですが」

 その言葉の意味合いを、シリィは一瞬、計り損ねた。


「あの……」

「ああ、聞こえてるよ」

 歳はシリィくらいだろうか。

 髪の毛を綺麗に切り揃えた、世間擦れはしていなさそうな青年だ。青みがかった紫の瞳が、カウンター越しに彼女をまっすぐ見つめている。冗談、というわけではなさそうだ。

「それは、冒険者への依頼かい?」

 シリィは、ギルドにとって一番重要なことを聞いた。

 カウンターの向こう側にいるのであれば、事情を聴こうと思っただろう。だが、今シリィはカウンターのこちら側に居る。ギルドの事務員として、給料を貰って働いているのだ。

 まず必要な情報は、これが冒険者への依頼なのか、世間知らずの坊ちゃんの無理難題なのかを見極めることである。

「一緒に死んでくれる冒険者の女性を、探しているのかい?」

「え、い、いや、そういう訳では……」

 では、どういう訳で、ここに来たのか。

「そういう人を、探してくれないかな、とは思っていますが……」

 そう言って、ちらちらと彼が視線を送るのは、掲示板だ。

 成程、あそこには、さまざまな種類の求人、求職情報が掲載されている。そこに掲載してほしい、という事か。

 あの掲示板は、ギルドが請けた仕事の中で機密性のない仕事が掲載されている。つまり、冒険者への依頼と同義なのだが、彼はその仕組みを良く分かっていないらしい。

「事情を聴いてもいいかい?」

「……下らない話ですよ」

 自分でも認めるほどの下らない事情で、一人の命を奪うというのだろうか?

 シリィは犬死にを一番嫌悪する。

 だから、見過ごせない。

「下らないのなら、止めるんだね」

「でも、どうしても、欲しいんです、そういう娘を!」

「じゃあ、事情を話しな」

 少なくとも、シリィを納得させるだけの大義がないのであれば、この依頼は却下するしかない。

 この男と一緒に人が一人死ぬだけの意味があるのであれば、協力しよう。

「僕は、この夏二十歳になりました」

 やはり同い年らしい。

「今まで、人付き合いが苦手で、十五歳くらいから、ずっと屋敷に引き籠って誰とも会っていません」

「ほう……」

 五年間ヒキコモリだったお坊ちゃまが、外に出てきて、無法者の集まりであるギルドに来るとは、なかなか頑張ったものだ。

「でも、流石にお嫁さんを貰わないといけないと思いまして。僕、一応子爵家の長男なので」

 貴族様だった。正真正銘のお坊ちゃまだ。

「なら、素直に嫁探しをすればいいじゃないか」

「だから、しているじゃないですか!」

 ……怒鳴られてしまったが、何故怒鳴られたのか分からない。

「優しく僕を見守ってくれている親のためにも、一生一緒に居てくれる娘を探そうと、ここに来たんじゃないですか」

「……一緒に死ぬ娘を探しているんじゃないのかい?」

「そうですよ」

 分からない。

 シリィは首を左右に傾げて、彼の肩越しにフェイスを探した。こういう謎の発言の意図を汲むのは、フェイスが得意だ。

 しかし、残念ながら彼女はいない。

 自分一人で、この意味不明の言動を理解しなくてはいけないらしい。

「一生一緒に居て、一緒に死んでくれる娘を募集しているんです」

「――あぁ」

 流石に理解した。

「嫁さん募集で良いじゃないか」

「そんな……直接的な言い方……恥ずかしい」

 青年は顔を赤くして俯く。

「そういうもんなのかい?」

 カルーラ貴族の価値観は他国の人間であるシリィにはよく分からない。後でアドルに聞いてみる事にしよう。

「まぁ、なら、協力してくれる冒険者もいるかもねぇ……」

 下手すると、自分たちになりそうだが。

 引き籠り男子の嫁探し、フェイスの琴線に触れれば、確実に自分たちの仕事になるだろう。

「じゃ、手続きをしようか」

「はいっ!」

 青年は、笑顔で頷いた。シリィが書類を取り出すと、青年はあまり手馴れた調子ではないものの、必要事項を書いていく。

「終わりました」

「はいよ」

 青年から書類を受け取ると、シリィは記入に不備がないかをチェックする。依頼の報酬は、概ね相場といえるだろう。一応勉強しては来たらしい。もっとも、こんな酔狂な依頼の相場がどれくらいなのかなど、シリィですら知らないが。

「じゃあ、これは掲示板に張っておくよ。受ける人が現れたら、連絡すればいいんだろう?」

「はい、よろしくお願いします!」

 青年――書類に書かれた名前からすると、ニーロというらしい――は、満面の笑みで頷いた。なかなか好青年風の笑みで、人当たりも決して悪くないのに、引き籠っているとは損ではないか。どうせ貴族のおぼっちゃまなら、社交界にでも参加しておけば、嫁さんの一人や二人は出来るだろうに。もっとも、それができないからこんなところに来ているのだろうが。

「失礼します」

 律儀に退室時の挨拶までして、ニーロはギルドを出て行った。何はともあれ、これを張り出さなければならない。留め具を手にして、シリィは椅子から立ち上がる。

 ――と。

「シリィ、いますか?」

「……ああ、いるよ」

 ほぼニーロと入れ替わりのタイミングで、一人の少女がやってきた。ややくすんだ、金色の髪。白い清潔なブラウスに、濃い青色のジャンパースカート。月面でも跳ねるかのような嬉しそうな声は、何かとても面白そうな――そして大概、面倒ごともついて回る――事件を見つけてきた証拠だ。嫌な予感を覚えながらも、振り返ったシリィの先には、やはりその声に違わないほど、嬉しそうな顔をした仲間の少女。と、一般人と思しき女性。

 ……と、その後ろでやる気なさそうに立っていた……

「……なんでアンタらまで一緒なんだい、“エルビウム夫妻”」

「知らねーよ、フェイスに聞きやがれ」

 ここから遠く離れた地での英雄、ベルド・エルビウムとヒオリ・エルビウムの若夫婦だった。






 時は若干さかのぼる。

 昼飯時のピークが終わり、軽食を摂るにも早い時間。一組の若いカップルが、のんびりと食事を楽しんでいた。水を一気に飲み干して、少年が「く~っ」と息を漏らす。

「ちくしょーっ! ここの水、うまいよなーっ!!」

「おかげさまで、おとといは飲みすぎちゃったもんね」

「いや、まったく。うまい水って、罪だよなー」

 こんな会話を交わしているのは、“エルビウム夫妻”と呼ばれる凄腕冒険者のコンビだった。ここから遠く離れた地で、英雄の立ち位置を手に入れたにもかかわらず、その立場に背を向けて一介の冒険者にとどまった二人。この辺りではあまり名声は聞こえてこないが、一定以上の実力を持つ冒険者や、貴族位にいる人は名前くらいは知っていた。

 しかし、特に表舞台に出ようとしないこの二人は、知名度は低いほどありがたい。少なくとも、一般人にあまり知られていないというのは大きく、少なくともこんな会話をしているどこにでもいそうなカップルが、英雄の資格を手に入れた二人とは誰も思わないことだろう。

 当の彼らは、二日前にとある依頼を完了させたばかりであった。報酬金でビールやらワインやらを購入し、思う存分飲み食いしたところ、元々水が非常に美味しいこの国での酒がうまいことうまいこと。思いっきり羽目を外して飲みすぎてしまい、二日酔いどころか三日酔いでダウンしていたわけである。三日酔いでダウンするような英雄など、どこを探してもそういまい。

「あ、ベルド。ご飯粒ついてるよ」

「え、マジで。どこだ」

「反対反対。ほら、ちょっとじっとしてて」

 と、ヒオリは体を少し伸ばすと、ベルドの口の端についたご飯粒を摘み取る。そして、そのままいつもと同じように、口の中にぱくりと入れた。

 ――他の人もいる、店の中で。

「ん、取れたよ。気をつけてね」

「…………」

 くすくすと笑いながら、ヒオリはそんなことを言うのだが……

「……あの、ヒオリ」

「ん?」

「恥ずかしいから、やめてくれって言ったはずだが……いや、なんでもねえ」

 言葉の途中で説得力を失い、ベルドは前言を撤回する。エトリアの地で「はい、あーん」とかやってしまっていたこともあり、あまりにも今更過ぎることを実感してしまったためだ。

 とはいえ、これはなんとかしないとな……そんなことを考えたベルドに、後ろからおずおずと声がかかった。

「あの……」

「うん?」

「あの……えっと……」

「なんだ?」

 振り返った先には、青い髪をした少女がいた。瞳の色も同じであり、それなりには整った顔立ちをしている。胸元を押し上げる豊かな膨らみに思わず目が行ってしまうのは、男なら仕方のないことだろう。抜群のスタイルを持った少女は、見知らぬ人に話しかけて若干緊張しているのか、おどおどとした態度だった。

「その……今、ベルドと、ヒオリって、言いました、よね?」

「ああ、そうだけど?」

「もしかして……貴方がた、あの“エルビウム夫妻”ですか?」

「……他にどの“エルビウム夫妻”がいるのかは知らねーが、とりあえず“その”エルビウム夫妻だわな」

 彼らほどの有名どころとなれば、いわゆる騙りといった連中も出現することもある。しかし、こういった日常でそういうことをする意味もなく、少女はその辺りからも本物と判断したらしい。目線はベルドからヒオリに移され、少女は頭を下げてきた。

「あの、ヒオリさん。ベルドさんにも、折り入って、ご相談が」

「……依頼の話?」

 整った顔立ちをしている上にスタイル抜群の女の子と話しているベルドに対し、やきもち全開の目線を送っていたヒオリが、女の子に若干警戒の眼差しを向けて答える。が、少女は少し口ごもった後、言いにくそうに切り出した。

「その、恋愛相談が」

「え? 恋愛相談?」

「は、はい。その、仲のよい若夫婦でもある貴方がたに、是非……」

「……まあ、とりあえず座れよ。場所移るか?」

 一般人にはあまり名前は知られていないと聞いているが、そういうルートから知ったのか。勇者や英雄の物語を、恋する乙女の目線から探せば、確かにベルドとヒオリの話は引っかかってくることだろう。

 しかし、二人の馴れ初めを聞きたがるような人はいても、実際に他人の恋愛相談を受けたことなど皆無に等しい。半分は興味本位だが、話くらいはとりあえず聞いてやることにした。とはいえ、二人がけの席に腰掛けているので、この少女が座るスペースはない。カウンター席に座っていた少女も同様だったので、ベルドたちは店員を呼んで、席を移る許可を貰った。四人がけの椅子に場所を移して、ベルドは話を切り出……す前に、ヒオリがひとまず自己紹介。

「知ってるみたいだけど、一応ね。ボクはヒオリで、こっちがベルド。ボクの夫で、二人揃って“エルビウム夫妻”って呼ばれていることもあるけど、ごくごく普通の冒険者だよ」

 英雄の立ち位置すら手に入れた彼らのどこが「ごくごく普通の冒険者」なのかはベルドたちにも分からないが、少なくともそう名乗りたかった。彼らが欲しいのは名声ではなく、穏やかに過ごせる毎日なのだ。その割には冒険者以外で生計を立てる方法を知らないので、なんだかんだで危険な騒ぎに巻き込まれてはいるのだが。

 自己紹介を聞いた少女は、頭を下げて名乗りを返した。

「ご丁寧に、どうもありがとうございます。私は、ペリル・ミロワールと申します」

「ペリルさんだね。それで、相談って何かな?」

「あの、私……その、好きな人が、出来まして」

「あ、よかったじゃない」

「それで、その……どうしようかと、困ってるんです」

「どうしようか、って……その人、既に彼女さんがいるとか?」

「いえ、そういうのはないんですけど」

「…………」

 じゃあ、一体どういうことだ。言っている意味が分からなくて、二人は顔を見合わせる。ペリルの顔はほんのり赤く、まさに「恋する乙女」の見本画として紹介したい図であった。

「……すまん。つまり、どういうことだ?」

 話をヒオリからバトンタッチし、ベルドがペリルに聞き返した。恋のお相手には既に彼女がいるわけではないらしいが、ならば既婚者とか、他に好きな人がいるとかそういうことか。ペリルはしばらくもじもじしていた風だったが、やがて話を切り出した。

「そ、その……恥ずかしくて……」

「……は?」

「怖くて……その、告白する勇気がないんです……」

「……あー、そういうこと」

 だからつまり、ベルドとヒオリがどうやって恋人関係を結んだのかとか、そういうことを聞きたいのだろう。ぶっちゃけ、こっちとしてはベルド側――男性側から告白しているので、あまり女性の恋愛相談(というか、単に今回のケース)には適さないのが本音である。

 しかし、半分興味本位であるとはいえ、相談を受けてしまった以上、真摯に答えねばならないだろう。

「とりあえず、相手の性格とか特徴とか、順序立てて話し……話、し……ちょっと待て」

「はい?」

 ベルドの目が、細くなった。正確に言えば、ジト目になったというべきだろう。

 近くに座っていた客の一人が、隣の席まで移動していた。それはいい。暑かったり寒かったりして席を変えたということもある。しかし、なぜ気配を消そうとしてさりげなく移動してくるのか。デリケートな話の最中なので、配慮したということもある。

 しかししかし、そうやって移動してきたのが“奴”であるなら――“彼女”であるなら。その可能性は、塵と消し飛ぶことだろう。それを証明するかのように、耳がダンボになっている。当然、人間の耳はそんなに大きくならないので、言うまでもなく単なる比喩だが……

「……気配を消すんだったらもう少し練習してからやれや、妄僧侶」

「申し訳ありません」

 癖のない金髪の持ち主は、あっさりと無条件降伏した。






 というわけで。

「概ね、分かりました」

 ペリルの話を聞き終わり、ベルドとヒオリ――と、一緒にどさくさに紛れて話を聞いていた金髪の僧侶が、楽しそうに言い返した。

 ペリルの話を要約すると、大体以下のようになる。

 まず、ペリルの恋のお相手は、ニーロという青年らしい。子爵位の貴族の息子さんだが、人付き合いが苦手らしく、五年ほど前から引き籠り。ペリルは一般庶民なので、身分の壁が立ちはだかったのかと思いきや、そういうわけでもないらしい。ニーロの父親も、一般庶民である母親を見初めて結婚したらしく、そういうことには大らかだそうだ。

 五年ほど前からずっと引き籠りだったため、その間の詳細は不明。そのため、屋敷内の使用人等とイイ感じになっている可能性もあり、告白するのは気が引ける。ニーロは優しい人なので、もしもそういう人がいたなら、自分が告白したところで、彼を悩ませるだけだろう。ペリルの悩みは、概ねそういうことだった。

「差し出がましい申し出ですが、よろしければ、差し支えのない範囲で、わたくしたちがニーロさんの身辺調査をいたしましょうか?」

「よろしいのですか!?」

「いやいやいやいや、ちょっと待て」

 超嬉しそうに提案した金髪の僧侶と、それに対して水を得た魚のように食いついたペリルに、ベルドが思わず突っ込みを入れる。

「わたくし『たち』って、まさか俺らもやるんじゃねえだろうな?」

「やりますよ? もともとお話を受けたのは、ベルドたちでしょう?」

「そこまでやるとは言ってねーよ。アドバイスぐらいは出来るかもしんねーけど、面倒くせえ身辺調査は俺はパス」

「……仕方がないですね」

 ベルドの連れない返事に、金髪の僧侶は残念そうな声を上げた。とはいっても、ベルドとヒオリがいなければならない合理的な理由もないために、強制的に彼らを巻き込むことは出来ない。“エルビウム夫妻”は受けた依頼は徹底的に果たそうとするが、そうでなければ早々に退散する部分もあった。

「では、アドバイスだけでもお願いできますか?」

「……まあ、それは相談に乗った以上、やるけどさ。どうせなら、そっちがまとめてやりゃあいいだろ」

「こと相談というものは、多角的な視点が必要なのです」

「……ごもっともで」

「では、ギルドに場所を移しましょう。アドルちゃんたちにも、話を通しておきたいですから」

「やれやれ……」

 ベルドとしては、相手が「子爵位の貴族の息子」であると分かった時点で、さっさと手を引きたかったところなのだが。ここまできて中途半端に投げ出すわけにも行かないまま、ベルドは大きくため息をついた。






「……なるほどね。それで、ベルドたちも連れてきたわけかい」

 金髪の僧侶――フェイスからの話を聞き、シリィは小さくため息をつく。嫌な予感は加速度的に膨れ上がっていく一方だが、こうなった以上話を聞かなければならないだろう。

「じゃあ、まずは依頼状を書いてくれないかい? それが終わったら、アタシたちも交えてもう一回話をして欲しいね」

「はい、よろしくお願いします」

「フェイス。アンタはアドルとエドを呼んできな」

「分かりました」

「ベルドとヒオリは……まあ、分かった」

「あん?」

 テーブルに片肘と頬杖を突き、いかにも「やる気ありません」ポーズを取っているベルドを見て、シリィは話を中断した。別段やって欲しいことがあるわけでもなし、どうせフェイスのことだから、面白半分で彼らを拉致してきたのだろう。ぶっちゃけ同情の余地はある。

「……終わりました」

「はいよ」

 ペリルから紙を受け取って、シリィは中身をチェックする。記入漏れはなく、報酬も相場。フェイスのあの様子からすると、どうせ受けるのは自分たちになるのだろうが、ギルドの事務員としてはその辺りにも手は抜けない。

 ……が。

「ん?」

「あ、何か?」

「ああ、いや。なんでもないよ」

 依頼の内容――ニーロ・ハミルトンの身辺調査――を見て、シリィは小さく、苦笑を漏らした。

 まったく、この手の予感は当たるものだと。






 ペリルが紙を書き終わってから数分後。仲間のアドルとエドを引き連れて、フェイスが再び戻ってきた。

「やあ、姐さん。面白そうな依頼を見つけてきたんだって?」

「まあね」

 果たして依頼になるのかどうかは分からないが、いなかったフェイスが知るはずもない。愉快そうに笑うアドルの前で、エドはこの場にいる二人の冒険者に微妙な目線を向けていた。

「……本当にいたんだな。同情するよ」

「そりゃどーも」

 出された水をタダ飲みしながら、相変わらずのやる気ありませんポーズでベルドが返す。ヒオリがちょっとと小さな声で呼びかけると、ベルドはやっと体制を戻した。

「久しぶり……ってほどのものでもないか。スイッチ入った金髪の狼にあえなく捕食されてしまった哀れな子羊が通りますよと」

「自分で哀れな子羊とか言うなよ」

 ギャグを飛ばしたベルドに思わず突っ込んだエドだったが、とりあえず八人がけの椅子に移った。手前の端からベルド、ヒオリ、アドル、エド。奥の端からペリル、フェイス、シリィが座り、シリィの隣は荷物置きだ。全員が座るのを確認して、珍しくシリィが口火を切った。

「そうしたら、一回話させて悪いけど、もう一度話してくれないかい。アドルたちはよく分かっていないだろうからね」

「はい、かしこまりました」

 丁寧に頭を下げてから、ペリルは自分の悩みについて話し出す。ニーロの話題になったところで、フェイスがわくわくしたような笑みで話を止めた。

「それで、そのニーロさんという方の、どこに魅かれたんですか?」

「はい、ここ五年ほど引き籠っておられましたが、それ以前にお会いしたときはとても優しく、誠実で真面目な方でして、気高い魂の輝きが滲み出ているような感じで……」

「…………」

 熱に浮かされたように語るペリルと、根掘り葉掘り聞き出すフェイスに、アドルとエドは苦笑して顔を見合わせた。気高い魂の輝きがどうのと言われても、理解できない話である。


 ちなみに、その横ではベルドが爆睡していた。






「――と、いうわけなのです。それで、ヒオリさんたちにご相談を……」

「なるほどね」

 フェイスが突っ込んだせいもあるが、八割方がニーロのノロケ話で終わった恋愛相談を終了して、ペリルはそう話をくくる。いつの間にやら起きていたらしいベルドが、頬杖をつきながら答えを返した。

「そこまでノロケまくっといて、なんで肝心の告白が出来ねーんだよ。確かに最初は恥ずかしいかもしれねーが、あんたスイッチ入ったら語りまくっていたじゃねーか。そしたらとっととスイッチ入れて、ニーロにぶつかって来いっての」

 スイッチが入った瞬間というのが、多分フェイスの突っ込みだとは思うのだが、そのときコイツは寝てなかったか。エドが内心突っ込む前で、ペリルはまたももじもじしだした。

「で、ですが……恥ずかしいし、怖い……」

「あーのーなー、そこまで語っといて今更恥ずかしいもクソもねーだろ。もうその勢いのまま一服盛るなり背後からハンマーでブッ叩くなりしちまって、動けなくなってる間に既成事実でも作っちまえばいいんじゃねーの?」

「アンタね……」

「大体童貞踊り食いの方法なんて聞かれたって答えられるわけねえっつの。気合と根性でなんとかしろよ、けっ」

 一応受けた依頼は完遂を旨とするベルドのはずが、ここまで投げ槍になっている。よほど先ほどのノロケ話が嫌だったらしい。シリィは椅子から立ち上がると、先ほどニーロ本人から渡された紙を掲示板から剥がして戻ってきた。

「それで、アンタが望んだニーロだけどね。ちょうど昼方、こんな依頼を出してきたのさ」

 ペリルの前に、依頼内容を指差しながら渡してやる。ペリルはその紙を受け取って……しばらくすると、ボンッと顔を真っ赤にした。

「あ、あ、あ……」

「向こうもちょうど嫁さん募集をしているような状態だ。早々に応募して行ってやりな」

「は、はいっ……」

「でなければ、いつ酔狂な奴が行くとも限らないからね。さっさと行かないと、大変なことになるかもよ」

「い、行きますっ! 今すぐ、ニーロさんのところに行ってきます!」

 がたがたと音を立てながら、ペリルは大急ぎで立ち上がる。一旦フェイスが紙を受け取り、次の瞬間にはつまらなさそうな顔をした。

「これでは、歌になりません」

「平和的に終わるほうがいいだろ。先に誰かが応募して修羅場になるなんて、アタシは真っ平ご免だからね」

「それは、そうですが……」

 ラブロマンスの歌など、フェイスにとっては大好物だ。彼女としては、歌いたくてたまらなかったのだろう。それがこのようなあっけない幕切れでは、確かに面白くないかもしれない。

 しかし、何事もなく終わるのが第一じゃないかねぇ。そんなことを思ったシリィの前で――

「ああ、ペリルさん、こちらにいらしたのですか!」

「ニ、ニーロさん!」

 けたたましい音を立てて扉が開き、渦中のニーロが飛び込んできた。思いもかけないタイミングでの登場に、シリィはこれは手っ取り早いと笑みを漏らす。

 ……が。

「あ、シリィさん。先ほどはありがとうございました。依頼の中止って、お願いできますか?」

「中止かい? 嫁さん候補が見つかったのかい?」

「ええ。三十分ほど前、こちらのペリルさんから結婚を前提に付き合って欲しいと告白されまして……」

「……ちょっと待ちな」

「――え?」

 満面の笑みで報告をするニーロ青年の話を聞いて、笑みは粉々に吹っ飛んだ。ほぼ対角線上に座っていたベルドも、既にだらけのポーズを消して、鋭い顔で向き直っている。両手を握られてでれでれに頬を緩ませたペリルも、少しだけあっけに取られた顔になった。その異様な空気に、ニーロの笑みが消えていく。

「あの、どうしたのですか?」

「……今アンタ、三十分前って言わなかったかい?」

「え? ええ、確かに、三十分ほど前ですが……」

「それは、このペリルで間違いない?」

「ええ、はい……間違いなく、ペリルさんでした」

「…………」

 シリィの眼光が、鋭くなる。その横で、アドルが珍しくぴりぴりと張った声を出した。

「……ニーロと言ったね」

「はい」

「座ってくれ。三十分前、君がペリルから告白を受けた……悪いけど、それは絶対にありえないんだ」