勇者のための四重唱


鏡面翻弄 2

 半信半疑の顔をしているニーロを席に座らせて、アドルは話を切り出した。

「私も詳しいことは知らないから、今回はヒオリが説明してくれ。誰かと違って眠っていたわけでもないし、ノロケ話に触れないで説明してくれるのは、君のほうだと思うからね」

「……あの、アドルちゃん。なぜ、わたくしを見てから言うのですか?」

 フェイスが静かに突っ込みを入れるも、アドルはそ知らぬ顔をする。もはやいつものことなのか、フェイスもそれ以上は突っ込まないで話を戻した。指名されたヒオリはベルドのほうを一瞬見るが、顔を戻して説明する。

「……えっとね。まず、ボクらはこのペリルさんから、恋愛相談を受けたんだ。それで、フェイスが話に入ってきて、そのままボクらを連れてきたの。それで、もう一回ここで恋愛相談を受けてたんだけど、それが大体二時間ぐらい前の話。三十分ぐらい前っていったら、ペリルさんはここでボクらと一緒にずーっと話をしていたはずなの」

 ところどころ抜けてはいるが、重要なところはしっかりと伝えられている。アドルもそれに続くように、ニーロに言葉を投げかけた。

「そういうことだ。悪いけど、君が三十分程前、ペリルと会えたはずがない。話の最中、彼女が席を外したこともなかったはずだし、それはこの場の全員が証明してくれるはずだ」

「そんな……では、僕がお会いしたペリルさんは、一体……」

「考えられる点としては、ペリルによく似た姉妹がいた場合だけど……」

「すみませんが、姉妹はいません。七つ違いの弟がいますが、あまり似ていないはずですし……」

「自分は似ていると思わなくても、他人から見て似ているというパターンもあるよ。その線はないかい?」

 ペリルの言葉に、アドルは考察を緩めない。ペリルが十九との事なので、七つ違いの弟となれば、単純計算で十二歳。声変わりも始まっていないはずだし、外を見ると既に夜。暗がりだし、見間違えたという可能性も……

「ありません」

 否定をしたのは、ニーロだった。

「告白を受けた場所は、少ないとはいえ明かりもあるところでしたし、間違いなくペリルさんでした。顔や体格もそうですし、服装も同じだったはずです」

「うーん……」

 ペリルの服装は、薄桃色の上着に、膝丈までのスカート姿だ。弟がわざわざ女装してまで告白するとは考え難いし(ゲイであった場合を除く)、男性は女性に比べて成長期は遅い。ペリルは女性にしては長身であるため、弟という線はほとんどないと考えるのが妥当だろう。

「じゃあ、告白後のことを、話してもらっていいかな?」

「はい、構いませんけど……その、全部、話すんですか?」

「……あまりプライベートなことは聞くのもはばかられるけれど、差し支えのない範囲でお願いするよ」

「つったって、別に告白された直後にその場で押し倒して野外でコトに及んだわけじゃねえんだろ? 人に見られるかも的興奮があったとしたところで、三十分で終わっちまうのは早すぎるし」

「えー? でもベルド、ボクと初めて結ばれたとき、二十びょ――モガッ」

「Be quiet!!」

 アドルの言葉に、ベルドが下劣な突っ込みを入れた。それにヒオリが思い出すように言葉を投げかけ、ベルドはヒオリの口を思い切り塞ぐ。ヒオリはしばらくモガモガやっていたが、やがて一瞬動きを止め――

「うおおおおおぅっ!?」

 次の瞬間、ベルドは思い切り飛び上がった。ヒオリの口を押さえていた手をぶるぶる振って、ズボンに軽く擦り付ける。自分の唇をぺろりと舐めるヒオリの仕草を見てみるに、押さえていた手を舐めたらしい。

「お前いきなりなにしやがんだ!」

「ほんのりベルド味」

「気持ちの悪いことを言うな!!」

「でも、本当にベルドの味が分かるときって、どっちかっていうとぱんぱんにおっきくなった――」

「シャラーップッ!!」

 バカやってるバカップルとその横で鼻血をこらえているらしいフェイスとさらにその横で耐性がないのか真っ赤になっているニーロとペリル。カオスと化したこの空間に、さしものアドルも引き気味となる。

「お前らな……」

 エドも同感だったらしく、頭を抱えて突っ込んだ。痛む頭を抑えながら、アドルはスルーする選択を取る。

「ニーロ。気にせず話を続けてくれ」

「は、はい……」

 エルビウム夫妻の生々しい話を聞きかけて、まだ脳味噌が立ち直れていないらしい。真っ赤になった顔をしながら、ニーロはぽつぽつと話し始める。

「あ、あの。告白されて、その、僕はOKを出しました。そしたら、ペリルは微笑んでくれて、その、キスをしてくれて。それで、それからしばらく、手を繋いで一緒に歩いていたんですけど、ペリルはちょっとごめんなさいねって言って、姿を消してしまったんです」

「それが、大体何分前?」

「二十分か、十五分ほど前かと……すみません、確証は持てませんが……」

「うーん……」

 まあ、無理もない。告白された場所を聞いてみると、ここから徒歩で五分も歩けば着く距離だ。急いで往復したとして、実際にペリルがニーロと一緒にいた時間を最大限少なく見積もっても、十分は必要になるだろう。それだけの間、七人もの目をごまかすことなど不可能だし、大体ペリルは席を外してすらいない。これらのことから考えても、本人でないことは明白である。

「そのお相手は、自分の事をペリルだと?」

「はい。告白していただく前に、ペリルだと名乗っていただきました」

「なるほどね……」

 告白する前に自分の名前を名乗ることはあまり考えられないが、面識が薄いなら話は別だ。ニーロは五年間屋敷に引き籠っていたそうだし、外の住民であるペリルが告白するならば、確かに名乗っても不思議ではない。

 しかし……

「どうだろう?」

「真面目な話、ありえねえ。俺もペリルとは今日知り合ったばかりだが、そんなことができるようなタマじゃねえ」

 スイッチでも入れば別だけどよ、と付け加えるベルドからは、既に冗談の色はない。この場で受けていた相談自体が、そもそもニーロに好意を抱いているものの、告白する勇気がなかったため、ならばせめて背中を押してやろうとフェイスが画策したからだった。自分で告白する度胸があれば、こんな話し合いなど起こっていない。

 ……と、なると……

「なんか、一筋縄じゃ行かないような気がしてきたな……」

 心底面倒臭そうな声で、ベルドが大きくため息をついた。



 その後も、気を取り直して質問を続けてみるものの、取り立てて有力な情報は得られなかった。話せば話すほど、外見的な特徴はペリルと非常に似通っていて、性格は大きく異なっている。いっそ、ニーロの妄想と片付けたほうが、説明がつくような気がしてきた。

「申し訳ありません、ペリルさん。先ほどは、非常に失礼なことをしてしまって……」

「い、いえっ。その、嫌では、なかったですから……」

 最後の辺りがもにょもにょしている。やはり聞き取れなかったらしく、ニーロはペリルに聞き返した。

「すみません、先ほどはなんて……?」

「な、なんでもないですっ! なんでもないですからっ!!」

 わたわたと慌てる様子を見て、アドルも大きなため息をついた。

 こっちのほうも、一筋縄では行かなさそうだ、と。



 ――そして、明朝。


 殺人事件勃発の知らせが、王都中を駆け抜けた。






「っぁあ~~~~~、っくーっ……!」

 大間抜けな声を上げて、ベルドは大きく伸びをする。太陽の位置や向きから考えて、時刻は大体七時前。大あくびをして、ベルドは布団から這い出した。

 着替えを終え、布団を畳む。目線を移すと、ヒオリはまだ眠っていた。その右目には、思わず目を背けたくなるほど醜悪な焼印が刻まれているが、ベルドはとっくに慣れている。

「ほら、ヒオリ。起きな」

 体をゆすると、ヒオリは間の抜けた声を漏らす。左目がゆっくりと開かれるものの、寝ぼけているのかまだ焦点が合っていない。ヒオリはしばらくぼーっとベルドを見つめた後、うーんと可愛らしく伸びをした。

「……おはよ、ベルド」

「ああ、おはよう」

 いつも通りの、朝の挨拶。ヒオリは布団から這い出すと、枕もとの眼帯を右目にかけた。醜悪な焼印は眼帯で隠れ、一見『それ』とは分からなくなる。

 ヒオリは布団から出て来ると、その布団を三つ折りに畳み、着替えを済ますと顔を洗って戻ってくる。軽く身支度を整えると、ベルドたちは朝食を摂りに部屋を出た。

 パンとスープのどこにでもある朝食だが、水がいいためかスープが美味だ。寝起きの胃袋も十分に満足する上等のスープを腹に入れ、ベルドたちは荷物を纏めて宿屋をチェックアウトする。

 ――と。

「おはようございます、お二人さん」

「……フェイス?」

 宿屋の出口で、フェイスが二人を待っていた。こんな朝早くから何事だと思ったが、彼女の瞳は真剣だ。いつもはおっとりしている声色も、今日は少しだけ張っている。

「とりあえず、おはよう」

「おはよう、フェイス」

「ええ、おはようございます」

「……で、単刀直入に言おう。何があった?」

「察しがよくて助かります」

 背中に携えられているのは、刃先が鞘へと収められている長槍だ。この地方の聖職者たちは、戒律上の理由からか、普段は刃物を持たないという。そんな彼女が、槍を持ってここへ来ていることは、それだけでも十分緊急事態を告げていた。

「今すぐ、ギルドへ来ていただけませんか」

「……面倒ごとに関わるのならごめんだが。見て分かると思うけど、俺らはもう出発するんだ。悪いけど、余計な騒ぎに関わっている場合じゃない」

「それどころではないんです。せめてお話だけでも、どうか聞いてはいただけませんか」

「…………」

 ベルドは軽く舌打ちするが、動作全てがただ事でないと告げている。一度は共に行動し、そして、極めて近くでありながらも限りなく遠いどこかの世界で、似たような依頼をもう一度受けた、決してただの顔見知りだとは言えない仲。そんな彼女を放置して、旅に出るのは気が引けた。

「……しょうがねえな。ギルドへ行こう」

「ご協力、感謝します」

 真剣な声で、フェイスは深く頭を下げた。



 ギルドには、既にフェイス以外の三人が椅子に座っていた。戻ってきたフェイスとベルドたちを見て、アドルが体の向きを変える。

「来たね、ベルド。それに、ヒオリ」

「アドルか。一体これは何の騒ぎだ」

「とりあえず座ってくれ。水くらいは出そう」

 出そうも何も、元々この付近では水は無料で出されている。奢りじゃねえんだろうがと捻くれた考えをしたベルドに、アドルは話を切り出した。

「昨日、この都市で殺人事件が起きた」

「……穏やかじゃねえな」

 出された水を飲みながら、ベルドは声音を低くした。アドルの声から察するに、その事件に自分たちがどこかしら関係してしまったということだろう。

「犯人は」

「捕まっていない。逮捕の決め手には欠けているんだ」

「まあ、昨日の話だからな。まだ捜査が行き届いてないってこともあるだろ」

 事件の捜査は初動が肝心だとはいうが、だからといって初動だけで全ての事件が解決するとは限らない。もちろん、迷宮入りになる事件もなくはないが、長期的な捜査が解決に導く場合もあるのだ。

「それで、その事件がどうかしたのか?」

「問題はここからでね。犯人としてマークされている人物が、ペリルなんだ」

「……なんだって?」

 ペリル・ミロワール。昨日、ベルドとヒオリが恋愛相談を受け、それをフェイスが引っ張ってきた、ニーロに想いを寄せる少女。あの言動で、あの性格で。そんな彼女が、殺人事件?

「……そんな、馬鹿な」

「私もそう思う。昨日一日しか会っていないが、あの娘が殺人を起こすなんて考えにくい」

「だろうな。正直、同感だ」

 あえて悪く言うならば、引っ込み思案で決断力に欠けている。そんな彼女が、殺人を起こすなんて豪胆な真似が出来るのか。ベルドなら否と答えるだろう。アドルも軽く頷くと、腕を組んで説明した。

「だけど、これがなかなか面倒でね。被害者は数日前、ペリルとトラブルを起こしたらしい。しかもその原因が、ニーロをめぐった痴情のもつれ。被害者がペリルに恋愛相談を持ちかけて、大喧嘩になったらしいよ」

「マジかよ……」

「おまけに直接ではないにせよ、事件の目撃情報まで挙がっている。犯人は現場から走り去っていったんだけど、身長や体格がペリルと完全に一致していたそうなんだ。服装もさすがに色までは分からなかったみたいだけど、多分スカートだったんじゃないかと推測されている」

「…………」

 ズボンで走り去ったのとスカートで走り去ったのでは、下半身のシルエットに違いが生じる。身長や体格も一致していたということは、それなりに近い距離で目撃されていたには違いない。しかも疑われる人物には動機まであるというおまけつき。

「……とりあえず、事件が起こった時間はいつだ」

「夜の十時から十時半。だが、ペリルはその時、既に家に帰っていたと言っているんだ。これに関しては、家族からも証言が取れている」

「家族の証言なんて当てにならんだろーが」

 花も恥らう、なんて言葉も巷にあるが、若い盛りの十九歳。将来有望な少女をかばい、親が虚偽の報告をしている可能性も十分にある。しかしアドルは首を振ると、別の証言を提示してきた。

「あの後、フェイスが気を利かせて、ニーロとペリルを二人にしていた。その上、食事にでも行ってきたらどうだと追い出したのさ」

「それ、絶対気を利かせたからじゃねえだろ……」

「ペリルは頑張ったみたいだよ。告白は出来なかったみたいだけど」

「しかも出来なかったんかい」

 折角『向こうがペリルからの告白と勘違いして、しかもそれを受けてくれ、積極的に声をかけてきてくれた』という、誰もが望むような状況を手に入れていたというのに、その勢いで本当に告白できなかったのか。馬鹿らしくなってきたベルドだったが、アドルは話を元に戻した。

「それで、事件との関わりなんだけど」

「ふむ」

「結局、二人で九時半くらいまではいたそうなんだ。それで、十時には家に帰っていた」

 そこまで言うと、アドルは地図を取り出した。この都市の全体的な見取り図らしく、アドルは北西にある住宅街を指差した。

「ここがペリルの家。で、デートが終わったのが、この公園」

「少し遠いな。ニーロの奴もエスコートしろよ」

 軽口を飛ばすが、アドルの言いたいことは分かる。デートの終わった公園から、ペリルの家まで歩いて大体十五分。そうなると、四十五分には家に帰って来れる計算になる。

「つまり、ニーロの証言とは一致してるって事なんだな」

「そういうことだね。それに加えて、十時ちょっと前に帰ってくるペリルの姿を、近所の人が目撃していた」

「いや、そっちを先に言えよ。まあ、信憑性が高いのは分かった。一応聞くけど、殺人現場は?」

「ここだね」

 指差した場所は、デートで別れたところからもペリルの家からも同じくらい離れた距離の、薄暗い路地裏の一角だった。移動するには、やはり徒歩で十五分ほどかかるだろう。片道はともかく、往復するのは不可能に近い。

「じゃあ、怪しいと見ているペリルには、アリバイがあるっていうことか」

「危ういところではあるんだけどね。だから逮捕もできないんだけど」

「とはいえ、大分怪しいと睨まれているから、真犯人が捕まるまでは肩身の狭い生活を送らなければならないってことか。そりゃあ大変だな」

 この場にいない、おどおどした少女に思いを馳せ、ベルドは小さく苦笑した。そのまま荷物を取りまとめ、ベルドはヒオリと一緒に席を立つ。

「それじゃー頑張ってくれ。無事に濡れ衣を晴らせることを、旅先の地から祈っているよ」

「待て、ベルド」

 撤収体制に入ったベルドを、アドルはすぐさま呼び止めた。こういう奴とは知ってはいるが、ほとんど見ず知らずの相手には、なんというか徹底的にビジネスライクな奴である。呼びに来たのがフェイスではなく、ニーロかペリルのどちらかだったら、気にせずスルーして旅立っていたに違いない。

「この話、君らにも関係しているんだ」

「は? 恋愛相談受けただけだぞ? それがなんで、俺らにも関係してくるんだ」

「いろいろあってね。さっきも言ったけど、決め手に欠けているとはいえ、ペリルはかなり怪しいんだ。当然、昨日のペリルの行動は、徹底的に洗われた」

「……で?」

「そうしたら、昨日は物凄く有名な二人組が、恋愛相談に乗っていたことが明らかになってね。私のほうでも一応調べてはみたんだけど、少年のほうは名声と共に悪名も高いっていうじゃないか。そうなると、当然繋がりは疑われることになるだろうし、それだけ凄腕の冒険者なら、この不可能犯罪を可能にすることも出来るかもしれない。その二人組はのんびりとした冒険者生活を望んでいるみたいなんだけど、こうなった以上は真犯人が捕まるまでは二人に監視機関がついてくるかもしれないから、のんびりとした冒険者生活なんてとてもとても……」

「だああああああっ!!」

 にこやかに告げるアドルの前で、ベルドは机をぶん殴った。

「うるせーな、分かったよ! 手伝えばいーんだろ、手伝えば!!」

「ま、嘘だけどね」

「なんなんだよ、おめーはよ!!」

 ブチ切れた直後にさらっと嘘発言をされ、ベルドは思い切り咆え声を上げる。がるるると唸るベルドの前で、ヒオリが水を差し出した。冷たい水を一気飲みして、ベルドは少し冷静になる。

「……で、どこからが嘘だ」

「どこからがって?」

「お前のボケた発言はともかくとして、実際にフェイスが宿屋に迎えに来たのは事実だ。フェイスは槍を挿していたし、見る限りお前らもフル装備で集合している。この殺人事件騒動が丸ごと嘘だと考えるには、正直手が込みすぎてる」

「いい推理だね。殺人事件そのものは、実際に起きた話だよ。目撃された犯人像がペリルに似ていて、彼女が疑われていることもね」

「……で。どこからが嘘だ」

「フェイスが気を利かせて、ニーロとペリルを二人にしたところからだね。正確に言えば、そのときのデートの顛末からが嘘になる」

 朝からエネルギーを無駄遣いしたが、ベルドはとりあえず椅子に戻る。隣のヒオリも同様で、水を追加で注文していた。

「ペリルは実際、物凄く頑張ったみたいだよ。あの後、二人で歩いた後に食事して、別れ際になんとか告白したんだって」

「おお、出来たのか」

 少々話の本筋から外れるような気もするが、一応恋愛相談を受けた以上、顛末としては気になるところだ。それにしても、あのおどおど少女が頑張ったな。含み笑いを漏らしたベルドに、アドルも笑みを漏らして続ける。

「噛んだみたいだけど」

「噛んだんかい」

「なんでも、『旦那になってください!』と『嫁にしてください!』が緊張のあまり入り混じっちゃったみたいで『旦那にしてくだしゃい!』になったんだってさ」

「それはそれは……まあ、告白が出来ただけでも大躍進だな。ということは、ニーロの嫁さん探しは、無事に解決したわけだ」

「そういうことになるね。だけど、その夜に起きた殺人事件だ。ニーロがペリルと結婚するには、当然疑いを晴らさなければならなくなった」

「そりゃそうだ」

「相手に疑いがかかっていたら、晴らさなければ結婚することも出来ないもんね」

 頷いたベルドに、ヒオリが横から口を出した。昔の自分と、少し重ね合わせたのか。

 貴族だとか平民だとか、それ以前の問題だろう。疑いはできるだけ晴らしておきたいというのは、人として当然の感情である。

「そこで、これだ」

「あん?」

 アドルから手渡された紙を、ベルドは思わず受け取った。首を伸ばして、横からヒオリがにゅぅっと覗き込んでくる。ざっと目を通してみると、冒険者への依頼状だ。

「ニーロとペリルから、君ら相手に名指しで依頼。腕を見込んで、この濡れ衣をどうか晴らして欲しいってさ」

「…………」

 二人の共同出資だからか、報酬は相場に色をつけた額である。衣食住はギルドのほうで保障してくれるらしく、アドルたちも同じ依頼を受けたらしい。もっとも、お人よしな彼らのことなら、正式な依頼として出てくる前に、手伝いを申し出ていたことだろうが。

「まあ、依頼だっつーならしょうがねえな。別段急ぐ旅でもなし、俺は請けてもいいと思う。ヒオリは?」

「ボクもいいよ。ここのお水、おいしいし。アドルたちとも、一緒に行動してみたいし。何より、見届けてあげたいから」

「はい、了解。じゃあ、交渉成立だな」

 交渉というほど何かを話し合ったわけでもないのだが、依頼自体が一種の交渉ともいえるだろう。そうなると、まずは依頼主に会っておきたいところだが……

「ニーロとペリルは、朝ごはんを食べているよ。さっきまで取調べがあったから、まだ朝食を摂ってないのさ」

「なるほどね」

 この状況もまんまと使って、アドルはベルドを騙したのだろう。どうにも腹立たしいところだが、ぼけっと待っている必要もない。捜査に行くならこれだけの装備は邪魔になるので、先にギルドの一室を借りて、荷物を置いて戻っていく。

 階下に降りると、ちょうど二人がギルドに入ってきたところだった。ベルドは朝の挨拶をすると、早速依頼を受けたことを二人に伝える。ニーロとペリルは安心したように微笑むと、ありがとうございますと頭を下げた。

「お忙しいところをすみません。お世話になります」

「いや、別に気にしなくていい。このまま消えるのも後味悪いし、貰うもん貰えれば文句はねーしな」

「さっき消えようとしてなかったかい?」

「後半部分いらねーだろ」

 シリィとエドが口々に横から突っ込むものの、ベルドの態度は変わらぬままだ。妙に上から目線のまま、ベルドは先ほどの依頼状を取り出した。

「確認するぜ。依頼の内容は、ペリルにかけられた疑いを晴らし、可能ならば真犯人を捕らえてくること。期限の目処は一週間で、その間の衣食住はギルドが保障。依頼に成功したならば、報酬はこの額が支払われる。失敗の場合は基本的にゼロだけど、手がかり等の入手状況に応じて一部の支払いや期限の延期は認められる。以上の条件で、間違いないな?」

「はい、よろしくお願いします」

「確かに、間違いはないみたいだね。私たちも同じ条件で請けているから、今回も協力することになりそうだ」

 ニーロがぺこりと頭を下げ、それに自分たちの依頼状を取り出して、アドルも条件を確認する。内容等に特に違いはないらしく、せいぜい違いは報酬くらいのものだろう。単に人数的な意味で。

「そしたら、早速捜査を開始しよう。もたもたしてたら、第二の被害者が出るとも限らん」

「同感だね。早め早めに行動に移したほうがいい」

 真剣に頷くアドルの言葉は間違っていない。間違ってはいないのだが……

「場を引っ掻き回した奴が言える台詞じゃねーだろそれ。つか、なんであんな下らんジョークを言ったんだ」

「別に大した意味はないよ。ちょっと君をからかってみたくなっただけ」

「このヤロォ、いっぺんシメたろか……」