勇者のための四重唱


姫と執事と吸血鬼と 2

「どうぞ」

 可憐な花びらのような声に扉を開けると、薄桜のクッションに包まれている草色の髪の少女が目に入った。深い緑の瞳が、入ってきたシリルを見て和む。

「姫」

 礼儀正しくノックをして入ってきた使用人が一礼すると、この城の姫はぷくりと膨れた。

「姫じゃなくて……」

「第三者がいるときは、姫と呼ぶお約束ですから」

「第三者?」

 シリルの切り返しに、少女はクッションの中から立ち上がって、彼の後ろを覗き込む。あら、本当。と、彼女は声を上げて、いそいそと部屋の中へと戻った。

「いらっしゃいませ。冒険者の方々?」

 そうです。と答えたのはシリル。どうぞ、お入りなさいと言う姫に再び礼をして、彼は背後に控えていた冒険者たちを部屋へと招き入れた。

「まぁ、まぁ!」

 姫は部屋に入ってきた冒険者たちの姿を見て、声を上げた。

「今回は、お若い方なのね。わたしたちと同じくらいかしら?」

「ですね」

 正確な年齢は聞いていないが、おそらくそうであろうと考えて、答える。一番年嵩なのは、赤毛のシリィであることは分かるが、それが、シリルよりも年上かどうかと聞かれると、少し悩む。

「しかも、女性もいらっしゃるのね。なんか、ちょっと安心」

 彼女は草色の髪がよく映える桜色のドレスを翻して、棚にある盆を手に取った。そこには彼女のために用意された冷たいジュースと、可愛らしいお菓子が乗っている。

 盆を、部屋の中ほどにある白いテーブルに置いて、ダッグ家の一人娘は、両手で軽くドレスをつまんだ。

「オルシル領主の娘、イレーネです。お世話になります」

 軽くひざを曲げて、頭を下げる。レディの礼だ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 フェイスが、同じくスカートを摘まみ、礼をする。気がついたら、ずっと先頭にいたアドルが一歩後ろに下がっていた。

「座って。わたし、色々なお話が聞きたいの。ずっと部屋にいるから、退屈なんですもの」

 そう言いながら、イレーネはすでに椅子に座っている。シリルは苦笑しながら、冒険者の女性たちのために、椅子を引いた。フェイスがありがとうございますと言って、椅子に座る。しかし、シリィはそれを断った。

「挨拶が終わったら、アタシとアドルはすぐに出るから」

「あら。折角だから、ゆっくりしていけばいいのに……」

 残念だと言う気持ちを顔に出したイレーネに、シリィは苦笑を浮かべた。

「この坊やが勢いだけで仕事を請けて、すぐに来たからね……情報不足なんだよ」

 シリィがアドルの背中を軽く叩く。ばしんと豪快な音が響いた。坊や呼ばわりされたせいかどうなのか、アドルの表情が歪む。

「情報でしたら、いくらでもわたしたちが……」

「ああ。それは、あっちの役目」

 シリィが指したのは、椅子に座った少女。シリィの視線に、フェイスはにっこりと微笑んだ。

「ご迷惑ではなければ、わたくしが姫様の護衛とご相手を勤めます。満月の夜は全員でお守りしますが、それ以外のときも、一緒させてください」

「それは心強いですわ」

 イレーネは喜色を浮かべた。やはり、来る時は満月だ決まっていると言っても、護衛のいない状態は不安なのだろう。残念ながらこの城に、女性の戦士はいない。今まで四六時中貼りつく事の出来る護衛がいなかったのだ。だから、この申し出には、シリルもほっとした。

 しかし……

「この格好、僧侶……だよね?」

 その護衛の腕に疑問がある。

 濃い紺のワンピースに空色の法衣は、この国の一般的な神官の服装だ。僧侶は、神官の中でも呪文で魔物を相手とする人であるが、それでも多くの僧侶は荒事を好まないと言うのが、シリルの中での常識である。少なくとも、歴代領主の御霊を守っている神官は、武器を持つどころか、虫一匹殺せやしない。

「冒険者を名乗っている以上、腕にはそこそこの覚えはありますよ」

 シリルの問いに、フェイスは片腕を持ち上げて力瘤を作る格好をする。

 「そこそこ」が気になるが、そうなんだ、とだけ言って、シリルは矛先を収めた。よく分からないが、彼女は苦手だ……なんとなく、深く関わったら自分が痛い目を見る気がする。とても人当たりのよさそうな、大人しげな女性だというのに、自分でも謎だった。


 簡単に自己紹介をしたら、シリィの言葉通り、すぐにアドルとシリィは城を出た。戻ったら、ぜひ私たちの歌を聴いてくださいと言い残して。この城内で起こっていることなのに、なぜ外で情報を集めるのかと聞いたら、それがいつもの方法だから、と言われた。まぁ、一応、対魔物のプロだ。信用するしかない。

 そして、イレーネの部屋では姫とフェイスが話に花を咲かせている。

 何か通じるものでもあったのだろうか、すぐに二人は打ち解けた。そして、シリルは思いっきり蚊帳の外へと弾き出されてしまった。手持ち無沙汰にドアの前に佇んでいたら、同様に会話に入れないもう一人の男性と目が合う。

「とりあえず、出るか?」

 エドが苦笑交じりに尋ねる。シリルは、そうだねと答えて、部屋を後にした。

 少なくとも、日が高いうちに吸血鬼が現れることはない。これは、吸血鬼と言う魔物に対する一般常識だ。

「しかし……慌しいね」

 深みのある赤の絨毯が敷いてある廊下を歩きながら、シリルは言う。誰のことを言っているのか理解したエドは、あぁと苦笑交じりに答えた。

「アドルは苦手らしい」

「苦手?」

「城にいるのが」

「へぇ」

 意外に思い、シリルはエドの方へ顔を向ける。エドは一瞬言ってもいいのかと迷ってから、口を開いた。

「偉いさんと接触を持つのが嫌らしい……まぁ、それが一般的だがな」

「そうなのか?」

「冒険者で貴族が好きなのは、コネを作りたい奴だけだな。だが、偉いさんは金払いが良いし、依頼も多いから、請けざるを得ない」

 口調からして、彼らは権力者へのコネを必要としていないタイプの冒険者らしい。

 なるほどと納得してから、シリルはにわかに不安になった。

「戻ってくるのかい?」

 シリルの不安を感じたエドは慌てる。誤解をされては困ると早口で言った。

「あいつはそれで仕事を疎かにしたこともないし、居るべきときにはきちんと戻ってくる……確かに今回は、外での情報収集も必要だったし、それにはアドルとシリィが適役だったから出ただけで」

 早口に捲くし立てられた勢いで、シリルは分かったと頷いた。だが、ここまで必死に言い訳されるとむしろ胡散臭い。

 と言うか、彼らは最初から胡散臭い。

 なぜ、こんな胡散臭い連中を城に招いたのか、自分でも不思議だ。胡散臭いのに、その存在自体が納得させられてしまうのだ、彼らは。

 それが本物であるからなのか、一流のペテン師だからなのか。蓋を開けてみないとわからない。

「で、エドはどうするんだ?」

「俺の仕事は、城を把握することと、あんたに話を聞くこと」

 今度は迷いの無い、明確な答えが返ってきた。

 少なくとも、彼らは自分たちの仕事を理解し、それぞれに動いている。それだけは確かだと、エドの口調から分かる。

「部外者に説明できない箇所は、そう言ってくれればいい。だが、できるだけ多くの部屋と道を案内してくれないか?」

「許されている範囲だけなら」

「十分だ」

 なら、とシリルはエドを従え歩き出した。


 オルシルの城は、「二」の字型の二棟で構成されてる。二つの棟を繋ぐ廊下と言うには広すぎる空間が両端にあるため、上から見れば「ロ」の字型に見える。しかし、横から見れば前後の棟と左右の廊下の違いは一目瞭然だ。手前の棟は4階建て。奥の棟は3階建て。それを繋ぐ廊下は、1階部が浮いている2階建てだからだ。

 手前の棟はオルシスを治めるための役所やダンスホール。そして、領主の執務室や、住み込み使用人の部屋がある。ここと、中庭までが、領民に開放されていた。

 奥は、領主一家の私室である。3階にある領主の執務室から中庭を挟んで向かいにある姫の私室と寝室だ。領主の妻はすでにおらず、姫と同じ階にある部屋は彼女が存命のころのまま残されている。

 執務で忙しい領主は、殆ど執務室の隣りにある仮眠室で寝泊まりするので、奥の棟の住人は、実質姫のみだ。

 シリルが当たり障りのない程度に、エドを奥の棟から案内していると、エドが尋ねてきた。

「ダッグ家は、当主と姫しかいないのか?」

「そうだね」

 系図を見ればわかる。ここ数代、不幸なことにダッグ家の人間は短命である事が多い。

「ラードルフ様の兄弟も?」

「……妹姫がいらしたとは聞いた事があるけど」

「領主の父母は? その兄弟は?」

「……」

 エドの質問に、シリルは足を止めて振りかえる。

「そんなに気になるなら、図書室に案内しようか?」

「図書室に系図が?」

「領主となる貴族と言うのは、その歴史を公開しているものだからね。系図も、統治の歴史も、大体は前の棟にある図書室に置いてある」

 隠す必要もないし、その歴史自体が貴族の誇りである。だから、カルーラ聖王国の貴族たちは、城にある公開図書館に系図と歴史書を置いていた。

 この城の図書室は前後の棟にそれぞれ一室ずつある。当然一般に公開しているのは、前の棟だ。ちなみに、奥の棟にある図書室は、一家と執事長以外は入ることを許されていない。

「……場所だけ教えてもらえればいいや。俺よりも興味を持つやつがいるから、後でそいつと行く」

「ちなみに、誰か聞いてもいい?」

「アドル」

「成程」

 なんとなく納得する。腰に佩いた無骨な剣を振るうよりも、本の中に埋もれている姿のほうが、あの小さくてかわいらしい『男の子』の姿から想像し易い。


 柔らかな絨毯は、階段にまで敷き詰められている。二人は絨毯に足音を消されながら、階段を下りた。

 2階は、殆ど使われていない客室である。最近は、冒険者という珍客が使用していることが多いが。1階は、台所と食堂。働いている女たちをエドは興味深げに眺めた。何に興味があるのか、立ち止まったエドの背中を押して、二人は開放された中庭に出た。

「……さすが、水の国」

 エドが感嘆の声を上げた。

 中庭の真ん中には2階まで水を上げている噴水がある。地下水が湧き出たのをそのまま噴水に仕立て上げたのは、何代前の領主だったかシリルは覚えていない。水量はないが細く鋭い水の槍が空へ向かって突き出している。槍の先端から零れ落ちた真ん丸な水滴が陽光を浴びて、庭中にきらきらと光をまき散らす。細かい水滴の行きつく先は、生い茂る緑と、淡い色の花々。きらめく宝石のような水滴を載せた草花の間を、噴水の池から流れ落ちて出来た川が、縦横無尽に走っている。

 水を基調とした中庭は、それ自身が湿地なので人が容易に入ることはできない。それゆえ、一般の出入りを認めていても踏み荒らされる事がなく、綺麗な姿を見せていた。

 中庭を抜けるのは、渡り廊下の下にある道。等間隔に柱が立つその部分だけ、石畳になっている。

 手前の棟は案内するのが楽だ。城に住み込みで働く使用人の子供のお小遣い稼ぎは、城へやってきた観光客の案内だった。それゆえ、城で暮らす子供たちは城の中に詳しかったし、案内のポイントもしっかりと押さえていた。当然、シリルも通った道である。

 2階までの吹き抜けのホール。大小の舞踏場はダンスパーティだけでなく、式典や会議なども行われる。ちゃんと忘れずに2階の図書館を案内し、3階への階段の前でシリルは立ち止まった。

「案内できるのはここまでだ」

「ここから上は許されていない、と言う事か」

「申し訳ないけど」

 必要な時以外は、3階へ冒険者を立ち寄らせるな、と言うのがラードルフからの命だった。4階は言わずもがな。

「いや、十分だ。ありがとう」

 エドは笑って、踵を返した。そのまま、階段を下り、迷わず先ほどと逆側の出入り口から中庭へ出る。

「え? え?」

 シリルは軽く慌てる。そっちの道は、教えていない。

「あぁ、やっぱり向こうとこっちでは、景色が全然違う」

 シリルの焦りには構わず、エドは目を細めて中庭に魅入っていた。

 この城は、知る者なら迷う事はない程度に単純だが、慣れない者なら多少は迷う程度の複雑な造りである。そんな建物の造りを、あの案内で把握した?

 これが、あの「勇者の為の四重唱」なのか……

 シリルは感嘆して、銀髪の少年を眺めた。

「……なぁ」

「えっ!? な、何?」

 中庭に魅入っていると思ったエドがいきなり声をかけてきて、シリルは慌てる。その様子に、何をしているんだ? とエドは首を傾げてから、口を開いた。

「あんたは、いいのか?」

「何が?」

 エドの問いたい事がわからなくて、シリルは問い返す。彼は言いにくいのか、ぐしゃぐしゃと銀髪をかき混ぜながら、言葉を繋げた。

「領主の、話。お前を勇者にして、本気であいつら、作るぞ」

「ああ」

 エドの質問がわかった。魔物を退治して姫を守ったら、シリルを祭り上げて物語を作ってもいいと言った事か。

「それで、姫が安全を得られるのなら。僕たちの不安を解消できるのなら」

「……嫌だと言うわけでも、満更でもないと言うわけでもなさそうだな」

「それで、何が変わるわけでもないからね」

「変わって欲しいのか?」

「変わらない、と言っている」

 願うだけ無駄なのだ。

「悲しい言い方だな」

「そうかな?」

 シリルはエドの言う意味がよくわからなくて、首をかしげた。どう歌われても、自分と姫の間にある身分の壁は壊す事は出来ない。どんなロマンチックな身分差の恋愛話を歌われても、現実にはありえない。

 ありえないからこそ、城でも、市井でも、その手の話が好まれるのだ。

 そのくらいには、シリルは現実を見ている。

「しかし、ラードルフ様が許可した事を、なぜわざわざ僕に聞く?」

 使用人の権利は、主人が持っている。これは、一般的な話である。使用人の事に関して主人が許可を得たのなら、使用人に許可を得る必要は、まずない。その権利をどれだけ使用人自身に許すかは主人の裁量次第だが。

「たまに、気の毒になってくるからだ」

「何に対して?」

「望んだとは言え、アドル達によって歌にされた勇者たちが」

 決して、嫌がる歌を歌っているわけではない。むしろ、歌われた者たちが喜んだ物こそ、彼らはたくさん歌う。だが、彼らが作る詩――主に作るのは一人だったりするが――は、音楽がなければ、歌う者も耐えられないほどむず痒いのだ。

 エドは困った顔で言った。

「……まだ、俺が慣れていないだけかもしれないが」

「慣れていない?」

「あぁ、俺、あの中では新参者だから」

 初耳だ。

 驚くシリルに、アドルとは幼馴染だけど、あのパーティに入ったのはこの春だと、エドは言った。では、それまではあの若さで、たった3人で組んでやっていたのか。しかも、名前が知る人の間で有名になるだけの働きを、だ。

 と、そこで一つの疑問が生じた。

「あれ? じゃあ、パーティ名……」

「あぁ、それはな……」

 エドは、思い出したようにくつくつと笑い出した。



「じゃあ、それまでは三重唱だったの?」

「いいえ。それまでも四重唱って名乗っていたんです」

「変なのっ!」

 イレーネは、声をあげて笑った。

 会った瞬間から、なんとなく気が合いそうな気がした。話を聞いて、確信した。彼女の話は面白い。きっと「楽しい」の基準が似ているんだ。

 楽しく話しているうちに、いつの間にか、ずっと入り口をふさいでいた二人の男性は出て行ったらしい。まぁ、構わない。イレーネは、フェイスが語る、彼女たちのパーティ名の話に夢中である。

「当時世話になっていたギルドでは、そういう意味で有名だったんですよ」

「3人なのに、四重唱?」

 だれが、二つの声を出すのだろう。必死になって2パート歌っている姿を想像すると、笑いが止まらなくなる。

「えぇ、わたくしも、シリィも不思議だったんです。もしかして、勇者を入れて4人になるから四重唱なのかな、ってお話してました」

「シリィって、あの迫力のあるお姉さんよね? 彼女も、貴方も、自分のパーティ名の由来を知らなかったの?」

「それがですねっ!」

 だんっ! と机を叩く。その拍子に倒れそうになったポットを、フェイスは慌てて抑えた。

「三人で、仲良く決めたんですよ……わたくしたちのパーティは、こういう名前にしようって。結構考えたんです。それなのにっ!」

 パーティ結成の申請書を出したアドルが、二人のところに戻ってきたとき、へらりと笑ってこう言ったという。


「『勇者の為の四重唱』にしたから」


 何の笑い話だ。

「何が問題って、アドルちゃんだって、名前候補いくつも出したんですよ。くだらないのからくだらないのまで」

 くだらないものしか出さなかったらしい。

「でも、そんな名前、一言も出さなかったんです。それなのに、申請書を出すカウンターの前で書き換えるって、どんな卑怯技だと思います?」

「3人で一緒に行けばよかったんじゃないの?」

「行こうって言いました」

 しかし、アドルは一人で十分だと言ったのだ。フェイスも、シリィもそんな彼を見送った。何故なら……

「名前を決めるまで、3日ほど紛糾してたんです……流石に疲れていたんですよ」

「えっと、まさか……」

 そのまさかです。とフェイスは真面目な表情でうなずいた。

「寝ずの三日三晩」

 馬鹿だ。

 ついにイレーネは笑い転げた。勢いで椅子から転げて、桜色のクッションに飛び込む。クッションに顔を押し付けても、笑いは止まらない。

 パーティの名前ごときで、三日の徹夜だなんて! なんて愛すべき馬鹿なんだ!

 しかも、それだけ紛糾して決めた名前を、一瞬にして覆された間抜けっぷり。いや、この場合、騙された方が間抜けだったのか、騙した方が姑息だったのか、判断に迷う。

 でも、それでも、だ。

「3日の徹夜が無駄になっても、パーティは解散しなかったのっ!?」

 イレーネの指摘に、そう言えば、とフェイスは初めて思い至った様な表情を浮かべた。

「……それはわたくしも、シリィも考えませんでしたね」

「絆? 信頼?」

「どうなんでしょうね?」

 含み笑いが返ってきた。

 なにはともあれ、彼らは、殆ど少年の一存で決まった、由来すら謎の名前で、冒険者として活動を始めた。そして現在、一人増えてきちんと名前に見合った、混声四重唱のパーティとなっている。勝手につけられた名前も、彼女たちは嫌いではなさそうだ。

「なんとなく、勘……と言うよりは願望みたいなものなんですけど、ね」

 イレーネはクッションから顔をあげて、フェイスに先を促す。

「アドルちゃんは、探していたんじゃないか、と」

「4人目を? あぁ、だから……」

 だから、3人の時から「四重唱」と言ってたのではないのか、と?

「4人目……残りのバスをですね。いや、それよりも、しっかりと、具体的に。エドと言う存在を、です」

 出会いは偶然だった。最初に彼と会ったのはフェイスだ。でも、彼らは顔見知りだった。幼馴染だった。

「彼にとっては逆だったのじゃないかと」

「逆?」

「親友と組むために、残りの女声を集めたのではないかな、と」

 それは、つまり。

「見えない絆……」

 イレーネはギュッとクッションを抱え込んだ。

「男の友情……」

 フェイスはぽぅと虚空を見上げて、祈るように胸の前で手を組む。

「「いいなぁ……」」

 溜息のように、同時に漏れた二つの声。

 はた、と二人は顔を見合わせ、そして爆笑した。


 ほら、やっぱり気が合う。

 フェイスとイレーネは「楽しい」の基準が、とても似ている。


「そうだ」

 おもむろにフェイスが、ぽんと手を打った。

「ちゃんと聞いておけ、と言われていた事があったんです」

「何?」

 イレーネは、少し警戒しながら聞いた。彼女は、イレーネとお喋りをするために、ここに来たわけではない事を思い出したのだ。

「イレーネは、どんな物語が好きなのですか?」

「……え?」

 予想外の質問だ。

「皆が揃ったら、姫へ歌を披露するように、城主様から言われているんです」

「お父様が?」

 自分を部屋に閉じ込めている父。この件に関わる全ての情報を、外に漏らすまいと必死の当主。理由はイレーネの為ではない。家の為だとイレーネは思っている。ダッグ家の後継ぎは、姫であるイレーネしかいない。そのためダッグ家――父は、婿入りしてくれる優秀な貴族を求めている。だからこそ、彼は優秀な貴族の男子を釣るための姫に傷がつくのを恐れる。一人娘に関するスキャンダルが外に漏れる事を。

 だから、父は魔物に狙われているという事実ごと、姫を城の奥深くに封じ込めた。

「貴方を守るためとはいえ、軟禁している事をよくは思っておられないようですね。だから、姫の大好きな物語を用意できれば、と思いまして」

「そう……なの」

 領地と家が何よりも大事な、仕事馬鹿な父。いつも、寝室のある奥の棟に帰らず、手前の棟の仮眠室で寝ている。最後に一緒に食事をしたのは、いつだろうか。

 イレーネの事など、家を存続・繁栄させるための手段でしかないと考えていると思っていた。だが、一応、彼女自身の事も、考えてはくれているようだ。少し嬉しい。

「お姫様の恋物語がいい!」

 イレーネは飛び上がって答えた。

「あ、本当にあった話限定よ!」

「……もうすこし、リクエストしてもいいですよ」

 この手の物語は、いっぱいあるからと、フェイスは笑う。

「なら……」

 一番先に頭に浮かんだ物語は、ある。とても具体的な。だけど、それは言えない。だから、イレーネは二番目の物語を希望する事にした。

「窮地に現れた勇者が姫を助けて、結婚する話。親に認められてもいいし、かけ落ちでもいい。勇者が姫を攫って幸せになるのでもいいわ」

「……」

 フェイスの琥珀色の瞳が、イレーネをまじまじと見る。

「いいんですか?」

「だって、面白いじゃない」

 訝しがるフェイスが可笑しくて、イレーネは笑った。

「一番大好きな展開よ。わたし、そんな本をたくさん読んで、いつも夢見ているの」

「勇者が、貴方を助けに来てくれるのを?」

「姫と勇者が結ばれる事を」

「……わかりました」

 フェイスは静かに頷く。だが、彼女が自分に問いたい事はなんとなく想像がついた。

―― 姫の「勇者」は、もういるのですか?

 それを聞けるほどに、二人はまだ時間を共有していなかった。

―― わたしの勇者はね……

 それを言えるほど、二人はまだ親しくなっていなかった。

読んでいただきありがとうございます。もしよろしければ、Web拍手で応援してください。