勇者のための四重唱


少年剣士と貴族の坊ちゃん 6

「ミロ……」

 槍を手にしたフェイスが、彼が化けていた子供の名を呼ぶ。まだ、彼女は信じられないようだ。

「お前らも、最初からっ……」

「知らないよ。あんたと一緒に行動してから、あんたがいない時があったかい?」

 何事にも動じないはずのシリィが、渋面で答えた。

 そんな時間などない。常に、彼らのまわりにはミロがいたのだから。

「では、なぜ?」

「嫌な予感がした」

 エドが、簡潔に答える。

「それだけだ」

「それ……だけで?」

 呆然と呟く暗殺者に、エドは苦笑を浮かべた。確かに、納得し難いだろう。

「流石エド。以心伝心」

 対してアドルは上機嫌だ。エドが不審に思って駆けつけることを予想していたのだろうか? いや、そんな筈はない。彼は、エドへ明確なメッセージを残していなかった。そしてアドルは、エドと違い、勘などと言った不確定要素を信じない。

 一人でどうにかするつもりだったのだ。

「本気で心配したんだぞっ!」

「いやぁ、嬉しいなぁ」

 満面の笑みで答えるアドルに、やってられんとエドは悪態をついた。そんなエドをからりと笑ってから、アドルは再び小さな男へと視線を動かす。

「何度も言うけど、私を『貴族の坊ちゃん』としてしか見なかったのが、失敗の元だ。私は、『冒険者』なんだよ」

「冒険者、か」

 危険を冒すもの。危険を冒してまで何かを成そうとするもの。

「……オレの、負けだ」

 失敗の、一番の原因は、暗殺対象に対する認識の間違いだったのだ。


 そう。

 正しかったのは、彼の依頼主である。

 幼馴染のエドから見ても、アドルは、不気味な存在だ。


「エド」

 アドルの声を聞いて、エドは観念した暗殺者を羽交い締めにした。

「死ぬなよ?」

「死ぬ気はない」

 エドが耳元で語りかけると、暗殺者は、はっきりと答えた。珍しい。仕事に失敗して、拘束されても自害をしない暗殺者は。

「暗殺は、本業じゃないな」

「金をもらって依頼を請ける。その中には、暗殺もあるが、自分が死んだら意味がない」

「冒険者でも……」

「ない。似たようなものかもしれないが」

 男の言葉で、エドは彼の正体を知る。

 それはアドルも同じだったようだ。

「やっぱり、黒の民か」

「!?」

 男が息を飲んだ音が、聞こえる。

「なぜ、分かる」

 アドルは、暗殺者を指し示す。正確には、暗殺者を拘束する、エドを。

「私と彼は幼なじみだ」

「……やはり、そうか」

 エドの輝く銀の髪から、察してはいたのだろう。男の顔に、驚きの色はない。

 黒の民は、大陸をぐるりと囲むルクシス山脈に点在する民族だ。全員が黒髪黒目なのが、特徴である。他の民と交じり合うと、彩度をもたない子供が生まれることが多い。エドの銀髪のように。

 彼らは特殊な知識と技術をもっている。エドは、それを黒の民である母から習った。皆が『魔法のようだ』と言う技だ。一緒に暮らしていたアドルも、少しかじっている。

「彼の母親の名は、ドゥーシャ。私の師でもある」

 男は、はっとした顔で、振り返った。輝く緑の瞳を見て、あの……と、呟く。

 黒の民は点在しているが、団結力が固い。彼が、エドの母親を知っていても不思議ではなかった。

「それで、あの手癖の悪さ……」

「失礼だなぁ」

 明るい声でアドルは文句を言う。

「私は、黒の民を殺したくない」

 黒の民であるドゥーシャに事実上育てられたアドルは、血を引かないが、心は持っていた。そんな彼に、黒の民は殺せない。

「任務に失敗したら、どうなるんだ?」

「……無事ではいられないだろう」

 男は静かに答えた。覚悟は決めているようだ。

「それは嫌だな」

 アドルは困ったように呟く。

「だが、私が死ぬ訳にはいかないしな……」

「当然だっ」

 エドは怒鳴る。冗談じゃない。

「こいつを助けるために死んだりしたら、殴るぞっ!」

「死んだものを殴るだなんて、死人に鞭打つなよ」

 アドルはカラカラと笑いながら答える。本気で心配して、怒れば怒るほど虚しさを感じる相手を、エドは他に知らない。

「そこで、相談があるんだけど……あ」

 アドルは思い出したように、顔を上げた。

「名前は?」

「…………」

 いきなり名を聞かれた男は、困惑して視線を彷徨わせる。助けを求めるように向けられた視線に、エドは苦笑して頷いた。

「……チャド、だ」

「では、チャド。とりあえず、私の命乞いを聞いてくれるかな?」

 命乞い?

 既に敗北を認めているチャドに、頷く以外の何ができると思っているのだ。


 一同は、話をするために小屋へと戻った。既にチャドの拘束は解けている。彼に逃げる気がないと、判断したからだ。

「裏切らないかな?」

 小屋に戻っての第一声。あまりに単刀直入な言葉に、誰もが言葉を失った。

「失敗して、返り討ちに遭ったことにできれば簡単なんだけど……人質はある?」

「いや」

 黒の民は、社会的に地位が高くない。地域によっては、動物のように扱われることもある。それゆえ、依頼失敗の見せしめとして、一族を殺すという残虐な手段を取ろうとする依頼主もいた。

「里や家族に累が及ぶことはない。そこまで間抜けじゃない」

 それは好都合、とアドルは手を打つ。

「なら、失敗しても、あなた一人の命で贖えるんだね」

「金が貰えないだけだ。オレを殺すのは口封じ以外の何物でもあるまい。もっとも――」

「――成功した時すら生きて帰れる保証がない」

「そういう存在だ」

 自虐気味にチャドは言う。

「それなら、あなたは返り討ちに遭って死んだことにしてもらう。死んだ証拠は?」

「シャフロンに、お前が無傷でやってきたら、勝手に判断するんじゃないのか?」

「うわっ」

 アドルが変な声を上げた。

 何事かとチャドは体を堅くする。エドも神経を研ぎ済ませた。

「放っておいていいって事じゃないか! 杜撰な依頼主に乾杯したいよ」

「…………そうか」

 黒の民に連なる二人は、肩を落として大きく息を吐いた。



 その後、アドルとチャドは二人で少し話していた。今後の話をしているのだろう。しばらくして、チャドが大きく頷く。交渉は終わったようだ。

「フェイス、シリィ、そしてエド」

 チャドは、『ミロ』の表情と声で彼らを呼んだ。

「さんきゅなっ! オレ、行くわ」

「気を付けて下さいね」

 フェイスが、ふわりと微笑んだ。

「またね」

 シリィが片手を上げる。エドもシリィに倣う。

「じゃ。今度会う時は『チャド』でなっ!」

「ええ。さようなら『ミロ』」

 『ミロ』と一番仲の良かったフェイスに笑い返して、偽物のラーマ家嫡男は、山に消えた。

 フェイスが、シリィが手を振る。アドルがチャドの消えた山を見上げていた。


「あの……ごめんなさい」

 チャドが去ったのを確認してから、フェイスは、なで肩をさらに落としてアドルに謝った。

「フェイスだけが悪いんじゃないよ。アタシも……」

「俺も、か」

 エドはバツが悪くなって頭を掻いた。

 『ミロ』の同行を許したのは、アドル以外の全員なのだ。アドルを狙う暗殺者だと、知らずに。

「あぁ……別に」

 アドルはあっけらかんとしている。

「どうせ嫌々連れて行くつもりだったから」

「え」

 三人はぽかんとアドルを見る。

「あそこで、フェイス達が来てくれなかったら、勢いのまま追い払いそうで、ちょっと冷や冷やしていたんだ」

「何?」

 つまり、元々連れて行くつもりだったのか?

「黒の民は子供を仕事に出さないから、絶対大人だと思ったんだけど、どう見ても私よりも幼く見えたからね。それなりの腕を持っている人なんだろうな、って思って――詰めが甘いけど」

「……は?」

「ある程度泳がせて、様子を見て、ナンパしようかなって考えていたんだよね」

「ミロ……チャドさんを仲間にするために、敵だと知っていてあえて泳がしたのですか?」

「うん」

 アドルは悪びれない。

「だから、謝らなくていいよ。うん、良い出会いだった」

 アドルは上機嫌に伸びをする。調子に乗りすぎて痛めた左腕に負担がかかったのだろう。痛っと、小さく叫んで体をねじった。

「この野郎っ!」

 エドは、その肩を思いっきり抑えつける。

「いたたたたたた……痛い、エドっ!」

 悔しかった。自分達も踊らされていた事が。

「ちょ……止めろっ!」

 フェイス達もそうなのだろう。抗議の声を上げるアドルを、冷ややかに見つめていた。


「で、話の内容は?」

「私達の金で雇った訳じゃないから、言えない」

 エドから解放されたアドルは、肩を回しながら、はっきりと説明を拒否した。

「向こうで、また会うこともあるだろう」

 アドルの視線は太陽を向いている。その方向には、彼らの目的地があった。

「カルーラの金で雇った訳だね」

「そういうこと」

 ニヤリとアドルは笑う。危険な笑みだ。

「な、何を企んでやがる……」

 良からぬことを考えている証拠だ、これは。

「大丈夫、エドへの嫌がらせじゃない」

「俺への嫌がらせに国を使うなっ!」

「だーかーらー。違うって。自意識過剰だなぁ」

「日頃の行いの問題だ!」

 怒鳴ってから、はた、と気づいた。話がずれた気がする。

「まあ、あの件については、多少の企みは必要だろう」

 アドルが話を元に戻した。話したくない話題から逃げるのが得意な彼にしては、珍しい。

「企み……と言うか、作戦を立てる必要があることはわかる。が……」

「が、それは私達冒険者の仕事ではない」

 そう。作戦を立てる必要があるのは、指揮官や軍師といった者達だ。

「なるほど。企みが必要な人の元へ、送ったということだね」

 そういうこと、とアドルはシリィへ頷く。

「ご存じの通り、私はセザール伯爵ほか、前線の指揮官に顔が利くからね」

「だから、呼ばれた」

 シリィの指摘に、その通りと顔を歪める。

「さっさと行こう。さっさと行って、さっさと終わらせる。あそこの問題さえ解決できれば……」

「思う存分、勇者探しができますね」

「そうっ!」

 アドルはピョンと跳びはねた。

「あそこさえ落ち着けば、私は国外へも行けるんだ」


 何?


「おい、ちょっと待て」

 それは初耳だ。

「あれ、言わなかったっけ?」

「聞いていない」

 エドは粗い口調で答える。忘れていたはずはあるまい。意図して言わなかったに決まっている。

「私達の目的は知っているよね?」

 それは知っている。

「勇者を探して、歌を歌うんだろう」

「まあ、そんなとこかな。なら、足りないよね――この国だけでは」

「まさか、大陸中を廻る気だったのか?」

 そのとおり、とアドルは頷く。

「でも、アドルちゃんには、国を出ることができない理由があったのです」

「それが、シャフロンの……」

「エドにしては察しがいいね」

「どういうことだよ」

 本気で感心するアドルを睨む。曲がりなりにも、王族の片隅にいるアドルは、自国が安定しないうちに他国へ出ることが許されなかったのだろう。しかも、アドルは王族に珍しい冒険者だ。今までの依頼を考えても、頼りにされているに違いない。

「しかし、水臭い……」

「何が?」

 アドルが可愛らしく首をかしげる。このしぐさで確定した。こいつら、意図的に言わなかったのだ。


 仲間じゃないのか?

 俺達は、ともに旅をする仲間じゃないのか?


 怒りがふつふつと沸き起こる。


「なんで、言わなかったんだよ!」

 怒りにまかせて、エドは怒鳴った。

 声の低いエドの怒鳴り声は、大地にとどろく雷鳴のように迫力がある。フェイスがびくりと肩を震わせたのが見えた。だが、やめない。今回は、彼女も同罪だ。

「……言えなかったんだよ。国から出るなんて、エドに」

「なんでだ? 反対すると思ったのか!?」

「違う」

 アドルはきっぱりと否定した。

「抜けると思ったから」

「…………は?」

 その答えは、想定外だった。

 抜ける、だと? このパーティから? 誰が?

「俺が、か?」

 アドルは、そうだ、と頷く。

「抜けるわけ、ないだろう!?」

「世界中を、回るんだ。フラビス、オストルム。そして、ビリディス」

「………………あ」

 アドルの懸念を理解した。

「やっぱり鈍いんだよ、エドは」

 アドルは大きく息を吐いて、エドを見上げる。わずかに苦笑を浮かべていた。

「フェイスやシリィを責めるのは無しだよ。私が強引に頼み込んだんだ」

「悪い」

「謝ることなんて何もない。エドの怒りは当然だから」

 確かに、大切なことを意図的に黙っていた事には変わりない。だが、怒りはなくなっていた。アドルがエドへ言うことを躊躇した理由を、理解したからだ。

 彼は、意地悪や怠惰で言わなかった訳ではない。恐れたのだ――エドが居なくなることを。

 つまりそれは、それだけエドを必要としていると言う事だ。

「……まあ、そういうことだから」

 アドルの声は、申し訳無さそうだ。

「少し、考えておいてほしい」

「ああ」

 エドはうなずく。

「覚悟を決めておくよ」

「エド」

 アドルの瞳が見開かれた。

 珍しく、素直に驚くアドルに優越感を抱いて、エドは胸を張る。

「わかってないな。俺の中に、抜けるという選択肢があるとでも思ったか」

「少し」

「抜けねーよ」

 エドは笑ってアドルの頭を小突いた。

「何しでかすかわからんお前を放って置けるか」

「エドには言われたくないな……昨年、どこに居た?」

「……うっ」

 アドルと再会した時の話だ。成り行きに任せて、意図せず盗賊団に入り、殺されそうになった。それを指摘されれば、返す言葉がない。

 せっかくの優越感が瞬時にしぼむ。アドルがやり返してやった、という顔をするものだから、更にだ。

「ま、それももう少し先の話だ」

 アドルが、太陽に向かって伸びをする。

「とりあえずは、目の前のお仕事ですね」

「不毛な上に、面白みが何もない仕事だけどね」

「申し訳ない」

 その仕事を持って来た――押し付けられて来たアドルは、口だけ謝罪する。面白みがなく不毛な依頼だと理解して、請けることを了承しているのだから、今更謝罪など、うざったいだけなのだと知っているからだ。

「じゃ、行きますか」

 アドルが振り返ってにやりと笑う。


「朝食を食べに」


 ……そう言えば、朝ごはんを食べていなかった。

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