勇者のための四重唱


小さな大平原 1

 その子は、産声を上げなかった。


 リヒャルトは、長い脚をせっかちに動かして、柔らかな絨毯の上を足音を立てて歩いた。

 行く先は、彼の住処である王城の一室。貴人が泊まる客室だ。

 ノックをせずに、扉を開ける。現在この部屋と隣の部屋には、客ではなく、彼の弟夫婦が滞在していた。

「ガイア!」

 勇者と呼ばれる弟は、彼が入る前に立ち上がって、身構えていた。兄より濃い色の瞳が、異様にぎらついている。まるで、臨戦態勢だ。

「……兄上」

 扉から入ってきた兄を認め、彼は殺気を解く。ふぅと大きく息をつき、椅子に座りこんだ。彼も、緊張しているのだ。

 なぜなら、隣の客室では、彼の妻がお産の最中だからだ。彼にとっても、初めての子供だ。

 陣痛が始まったのは、同時だった。弟の妻のほうが、お産が長引いている。

「お前の――お前の妻の子に頼みたい」

「?」

 ガイアは怪訝な表情を浮かべた。

「生まれたのか?」

 しかし、リヒャルトは弟の問には答えず、彼の両肩をがしりと掴んだ。目の前の空色の瞳が、何かを探るかのように細められる。


 自分は、今どんな顔をしているのだろうか。

 どんな顔で、これから生まれてくる子供の運命を握りつぶそうとしているのだろうか。


「俺の娘を、助けてくれ」

「兄上、それは?」

「彼女の子の運命を、俺たちの娘にくれ!」


 リヒャルトが叫んだその時。

 まるで返事であるかのように、元気な産声が、隣室から聞こえてきた。

「…………お前の頼みなら、エヴァは喜んで『是』と言うだろうよ」

 ガイアの返事を聞く前に、リヒャルトは部屋を飛び出していた。





「と、言う訳で」

 食後の茶をすすりながら、いきなりそう言われても、どういう訳なのか全くわからない。

「次の目的地は、シャフロンです」

「シャフロンっ……!?」

 フェイスが口に手を当てて、甲高い声で叫んだ。口元に手を当て、思わず出てしまった声を抑えたのは、ここが公共の場――ギルドの食堂だからだろう。夕食時だから、人がそれなりにいた。騒げば注目を浴びる。なので、彼女は思わず上がってしまった声を、手で抑えたのだ。しかし、フェイスの努力はむなしく、気配に敏感な荒くれ者たちは、一斉にこちらへ視線を向けた。もっとも、声の主がフェイスだと確認したら、すぐに興味を無くして視線を外したが。彼女の声が良く通るのを、常連は皆知っているのだ。フェイスの声がギルドに響き渡るのは、異常事態ではないと、冒険者は思っている。

 驚くのは無理もない、とエドは思う。エドだって、前もって聞いていなければフェイスと似たような反応をしただろう。動じないシリィが、おかしい。彼女のリアクションは、ふーんと頷いて、茶を一口すすっただけだった。


 シャフロンはカルーラの東方に位置する平野の名前だ。辺境候と呼ばれる侯爵家が治める、山がちなカルーラで最も大きな平野である。穀倉地帯として有名だ。

 カルーラでは貴重な広い平野一面に、田畑が広がる。人々は領主の住む街に住居を構え、農繁期には、太陽が東の山から顔を出す前に、畑に繰り出すのだ。集落ができるのは、冬が厳しいカルーラの特徴だ。人は、厳しい冬を、肩を寄せ合って生きていく。

 その平野に、南からピディス河を超えて、隣国のフラビス王国が攻め入ったのは、昨年の秋、ちょうど収穫が始まったばかりの秋分の事だった。

 フラビス王国と言えば、騎士で有名な国だ。騎士と言うから、当然馬を駆って戦う。フラビス王国の騎馬隊による突撃は、大陸一の破壊力を持つとも言われていた。特に平地では無敵と言っても良かった。

 そんな騎馬隊が、平和に暮らしていたシャフロン平野をいきなり襲った。シャフロンの平野を疾駆する騎馬隊に、カルーラの歩兵が敵う訳がない。しかも不幸なことに、国境の警備が薄かった。皆無と言ってもいいだろう。なぜなら、カルーラとフラビスは、この瞬間まで、どこよりも良好な関係を築いていたからだ。

 フラビスの奇襲は面白いほど簡単に成功し、日が高いうち、にシャフロンの広い平野は、フラビスによって占拠された。

 平野に住む人々は、収穫直前の穀物を放り出して、壁に守られている街に逃げ込むので精一杯だった。馬の蹄に蹴散らされず、逃げることができただけでも、上出来だと言えよう。

 異変を知った聖王は、すぐにシャフロンへ聖王軍を派遣した。彼らは、フラビスの騎馬隊が驚くほどの速さで平野へ到達し、シャフロンの西端に位置する街、チェルトラ周辺に陣を敷いた。

 しかし、カルーラ側の反撃はそこまでだった。

 平野を走るフラビスの騎馬隊は、伊達ではない。何度か挑み、少なくない被害を出しながらも、彼らは成果を上げることはできなかった。いや、戦線を維持すると言う、成果しか出せていなかった。

 彼らは、この先に位置する城塞都市、セルペンに大量の国民が籠城し、フラビス軍に抵抗していることを知っていた。しかし、そこと連携する事が、いまだに出来ていない。斥候が一人二人様子を見に行くことに成功した程度だ。さらに東の町や村の情報など、手に入れることができるはずもなかった。


「正直言って、全く気が乗らない」

 フェイスの叫びで注目した周囲の人々が関心を無くすまで待ってから、アドルが軽い調子で言った。だが、目が笑っていない。

「依頼は、地名を聞いて予測できる範囲の事だ――シャフロン平野をフラビスから取り戻す。その手伝い」

「戦争……か」

「ばかばかしい」

 アドルは空気と共に言い放つ。

「魔王がいて、魔物が跋扈して、人々の生活を脅かして数百年。そんな暇も余裕もないのに、人はなぜ人と争うのか……」

 アドルは、憤りを隠さない。

「得するのは、人を滅ぼしたい魔王だけじゃないか」

「アドルが怒っているのは、そこかい?」

 デザートの果物を片手に問うシリィに、アドルは肩をすくめてみせた。

「こちらの言い分はわかるよ。人々の生活を侵すモノは、排除しなければいけない……何であろうと」

 それは、人でも、魔物でも、神ですら関係ない。今回は、たまたま排除対象が人間だっただけだ。それが、民に養われ、民を守る国の役割だ。

「籠城しているセルペンは、一昨年の豊作が幸いして、備蓄が豊富だ。あそこは侯爵家が直接治めている特殊な土地だから、結束もそれなりにいいだろう。だが、一年以上持つとは思えない」

 むしろ、今まで問題なく籠城できていることが、奇跡だとアドルは言う。

「聖王はずっとフラビス王国へ対話を求めているが、いまだに果たせていない。交渉の場にすら立てていないんだ!」

 いい加減、聖王もしびれを切らした、と言う事だろう。

「聖王が、実力行使と言う、最悪の手段をとるのはしょうがないとは思う。怒るとしたら、攻め込んできたフラビスに対してだ……けど」

 そこで、アドルは息を吐いた。

「そこに、冒険者を巻き込もうとしているのが、気に入らない」

 王は、義勇兵を募ったらしい。あの騎馬隊に対処するのに、とにかく人が必要だと判断したのだ。そこまでは良い。問題は、募った場所だった。

 王は、ギルドで義勇兵を募ったのだ。戦闘のエキスパートである冒険者に、戦争への参加を促したのである。

「私たちは、魔物を倒すために命を懸けているんだ。人を殺すために、力をつけたわけじゃない。人を守るために力をつけたんだ!」

 ドンっ! と机をたたく。まだ下げられていない空の食器が少し浮いて、カチャカチャと不協和音を奏でた。

 アドルの怒りは、エドにも十分理解できるものだった。戦力と言う観点であれば、この戦に冒険者を募るのは、決して間違いではない。だが、冒険者の本来のあり方から考えれば、聖王の行動は大きな間違いだ。間違いに対して怒りを覚えるのは、当然の事である。フェイスもアドルの怒りに水を差さなかった。空気を読む事を知らないシリィさえも。

 憤りを吐き出して落ち着いたのだろう。アドルはふぅ、と息を吐いて、椅子に座り直す。次に聞こえた声は、さっきまでの叫びが嘘のように、平坦で落ち着いたものだ。

「――と、まぁ、ここまでが業務連絡。例の得意先に対する私の義務」

 事務的な連絡事項にしては、個人の感情が入り過ぎている。

「伝えなきゃいけないから言ったけど、私は、別に、エド達が行く必要はないと、思っている。どっかで、ゆっくり小銭を稼いで待っていてくれればいい。むしろ、そっちを推奨する。ギルドは人手不足になるだろうから」

 アドルの予想に反し、義侠心や愛国心を持った冒険者が、この国には多かったらしい――報酬がよかっただけかもしれないが。聖王直々の依頼を請け、東へと向かう冒険者が多く、ほかの街で魔物に対応する冒険者が減っているようだと、アドルは言った。

「アドルちゃんはどうするのです?」

「私は、行かなくてはいけない」

「いけない?」

「『私』は、断れないんだ」

「あぁ、そういう事か」

 エドは理解した。

 アドルは英雄と呼ばれた王弟ガイアの忘れ形見だ。公式な称号は、何も持っていないと聞くが、王族の片隅にちょこんと腰掛けている立場である事は確かである。冒険者としてではなく、そちらの役目として行かなくてはいけないのだろう。

 気の毒に。

「だから、シャフロンまで行かなくても、その手前くらいまでは一緒に行ってほしいな。道中での仕事も、細々ともらっているし」

 聖都にいると、アドルは独自の伝手で色々仕事を仕入れてくる。彼は何も言わないが、依頼者に貴族が多いから伝手の想像は付く。今回の依頼と同じところだろう。

「いいよ、アタシはシャフロンまで行くよ」

「え?」

 アドルが目を見開く。彼は、シリィの言葉に驚いていた。

 何が意外なのだろうか。失礼な奴め。

「俺も」

 驚く必要もないだろうに。そんなに薄情な仲間に見えたか?

「パーティって、そういうもんだろ?」

「そうですね」

 フェイスも頷く。

「……いいの?」

 アドルは更に困惑した様子で、フェイスを見た。

「何か、問題があるのですか?」

「いや。フェイスが良いというなら、良いんだけど」

「困っている人を助けるのは、冒険者の仕事の一つです」

「そう……かもね」

 アドルは苦笑する。

 気が向いたら、すぐ止めてくれればいいから、と言うアドルは、どうやら本当に、エド達がこの戦いに参加しすることを望んでいないようだった。心の底から、冒険者に人殺しをさせたくないのだろう。

 望んでいないのは、エドも一緒だ。多分、フェイスも、シリィも。

 だからこそ、アドルに付いて行く。同じ冒険者であるアドル一人に、嫌な思いをさせたくない。

「そうか……なら、良いよ」

 アドルは立ち上がった。

「寄り道もあるから、すぐに出発だ」

「ちょいまち」

 シリィが止める。

「その前に、『細々とした仕事』について、ちゃんと説明しな」

 大ざっぱだが、抑えるところはちゃんと抑える。さすが姐さんだ。

「そうでした」

 アドルは席に座り直して、説明を始めた。彼の口から出てきた仕事で、一番大きいものは、還暦領主の冒険者デビューだった。

 貴族の道楽は、理解に苦しむ。




 それから、のんびり色々なところに寄り道しながら一月以上かけて、アドル達はコッコリオの街にたどり着いた。

 コッコリオの北と東には、大陸をぐるりと囲むルクシス山脈がそびえている。南はラクスラーマ湖から外海へと流れる4本の大河の一つ、ピディス河だ。東に迫るルクシス山脈の一端が、ピディスの流れに削られて、崖となっている。

 断崖絶壁となる東の山は、北ルクシスでは最も低い。そこには、ルクシスには珍しく人の行き来が容易な道があった。その道を使って山を越えた東に、カルーラ第二の平野、シャフロン平野が広がっている。コッコリオは、シャフロン平野への、聖都側の玄関口として栄えた街だ。

 アドル達の今度の仕事は、山の向こうにあるシャフロン平野にあるが、最初の目的地は、このコッコリオだった。冒険者はここに一旦集まり、正規の兵士に連れられて戦場へ向かうのだ。

 街の入り口に、二人の藍色の軍服を着た男がいた。

「おっと」

 その姿に、アドルは声をあげる。

「本物のセザール伯爵発見」

 アドルが駆け出す。噂の親バカ伯爵が、アドルを出迎えに門まで来ていたのだ。

 顔見知りだと言っていたアドルは、二人の軍人のところまで行って止まり、ペコリと頭を下げる。セザール伯爵と思われる年嵩の方が、あたふたと手を動かして何かを言った。それがおかしかったのか、もう一人の若い方が笑う。後ろ姿しか見えないが、アドルも笑っているようだ。

 顔見知りとは、随分謙虚な言い回しだ。あの三人は、だいぶ打ち解けているように見える。

 エド達が、呆然と三人のカルーラ貴族達の様子を眺めていると、アドルがこちらを向いて手招きした。来い、という事だ。

「紹介する」

 エド達が到着すると、アドルは両者の間に立った。

「この厳つい人が、噂のセザール・ラーマ伯爵」

 紹介されたのは、不惑の年齢を過ぎたか過ぎないかくらいの男だった。灰色がかった濃紺の髪を短く切っている。彼は、無言で頭を下げた。きゅっと引き締まった口の端は下がっている。真面目そうな、冗談が通じ無さそうな男だ。

 エドは、まじまじとセザール伯を見ながら、頭を下げた。

 まさか、これがあの親バカ伯爵……とは、口に出して言わないが、おそらく思いはフェイスやシリィも一緒だろう。つい先日まで、アドル達はセザール伯の息子を名乗る子供の世話を焼いていた――その子供は偽物で、正体は暗殺者だったが――あの件で彼らの頭に刷り込まれたのはセザール伯爵は『親バカ伯爵』である、という事だ。そこから、もっと穏やかな顔をした男を想像していた。まさか、こんな、厳つい男だったとは。意外だ。この口から、馬鹿が付くほどの子供自慢が吐き出される姿は、想像できない。

「んで、こっちの軽そうな男が、モーラ。フォルトモーラ・デューシス」

「ひどい言い方だね、アドル」

 濃紺の髪が緩く波打つ青年だ。確かに、緩んだ口元のせいか、アドルが言うとおり、軽薄そうに見える。シリィより年上だろう。アドルと親しそうだ。

 アドルはにこりと微笑んで、続けた。

「例の、あれ。吸血鬼の街で、結婚するくらいなら死んだほうがいいと言われた男」

 その言葉に、ぽんと手を打ったのはフェイスだ。琥珀色の瞳が、爛々と輝いている。

「あぁ! イレーネ姫の元婚約者ですね。王女にも振られたと言う」

「そ、趣味はフラれること」

「アドル……」

 モーラはがくんと肩を落とす。

「そんな趣味は持ち合わせていない」

「でも、風のうわさによると、春からイレーネ姫含めて五連敗とか?」

「ぅ…………」

 モーラは小さく唸った後、黙り込む。

 さすがに、同情したくなった。と、同時に、アドルが彼らに、自分たちをどう紹介するのか、恐ろしくなった。

 しかし。

「で、彼らが私の冒険仲間。エド、フェイス、シリィだ」

 アドルの紹介は、気が抜けるほど、素っ気なかった。貴族にとって冒険者の名前など興味がないのだろう。



 軽く挨拶をして、すぐにアドルはモーラとセザールに連れ去らわれた。彼らは、全然やってこないアドルを、待ち侘びていたらしい。

 取り残されたエドたちは、アドルを見送った後、どうしようかと互いに目を見交わした。やるべきことはわかっているが、そのためにどうすればいいのか、わからない。

「とりあえず、ギルドに向かえばいいんじゃないかい?」

「そうですね。一応わたくしたち、ギルドに所属していますから」

 困った時の冒険座だ。

 ギルドは門の前にあるのが定石である。フェイスの提案にシリィは同意し、二人は門へと進もうとした。

「待て」

 エドは、その二人を止め、門の先を指し示す。

「誰か来る」

 エドが示した方向から、藍色の軍服を着た男が、こちらに向かって走ってきている。灰茶の髪と立派な髭を持った男だ。男は、エドたちの視線に気づいて、両手を大きく振った。エドたちが目的とみて、間違いない。

 待っていると、男は三人の前に来て、ぴたりと止まった。

「エドに、シリィに、フェイスか?」

「あぁ」

 エドが頷く。

「自分は、グンターと言う。貴様らを待っていた」

 硬質な声が名乗って、右手を差し出した。エドは迷わず手を握る。

「冒険者たちの取りまとめを担当している」

「……そいつは、お疲れさんです」

 エドは思わずグンターをねぎらってしまった。

 こんな、いかにも軍人ですと言った人間が、無頼者の冒険者をまとめるのは、難しいだろう。冒険者の群れを前に青すじをたてる姿が、容易に想像できてしまった。

「いやいや」

 しかし、グンターの反応は、意外にも好意的なものだった。

「冒険者は面白い。我々みたいな『家』がある人間にとって、おとぎ話のようなことをやってきているのであろう?」

「そうなのか?」

 そうだ。と言う男の藤色の瞳は、子供のように輝いていた。髭のせいで老けて見えるが、実は結構若いのではないだろうか。

「憧れだな。話をすればするほど、興味深い。知れば知るほど、おもしろい」

「でも、ご自身が冒険者になる気はないのですね」

 フェイスに、そうだな。と、答える。その口調に屈託はない。

「自分は、家が大切だからな――と言うと、冒険者に変な顔をされる」

「そうだろうな」

 エドは頷いた。

 身一つで生きている冒険者にとって、彼らの言う『家』は、理解が難しい。

 この場合、『家』は、単純に建物を意味するわけではない。一族郎党、親族縁者全てを一つにした、小さな、閉塞的なコミュニティのことを言う。山がちで、農耕が盛んなカルーラではこの『家』の結束が固い。集落一つがすべて同じ『家』である場所もあるくらいだ。

 特に、『家』を大切に考えるのが貴族たちだ。彼らは、家のために自らが犠牲になることを、当然だと思っている。

 一方、カルーラ出身の冒険者の中には、その『家』を嫌って飛び出した者も少なくない。それか、『家』どころか、両親すら知らない者だ。

 そんな冒険者たちにとって、藍色の服を着た貴族の軍人は、理解できない価値観の中で生きているといってもいいだろう。

 逆もまた然り。

 家を大切にする貴族にとって、それを捨てる冒険者は不可解な生き物ではないのだろうか。

「自分達は貴様達と理解し合うことが、必要だと思う。道を同じにできなくても、理解は可能であろう?」

「そうか」

 そういう貴族もいる。不可解だが、理解しようとする。奇異の目で見るのではなく、そういう価値観の存在を受け入れようとする者が。グンターはその手の貴族のようだ。だからグンターは、冒険者の世話役をまかされたのだろう。

「自分は、コッコリオから山を越えてチェルトラまで貴様ら冒険者を案内する。その道中、色々な物語を聞かせて欲しい――実は、楽しみにしていた、貴様らの物語」

「えっと、それは」

 目が輝いている。どこかで見た反応だ。

「貴様らは、あの有名な『勇者のための四重唱』だろう?」

 有名な? あの?

「どの?」

「歌で語らせたら一流だ、と」

 エドは思わず仲間と顔を見合わせて、笑みをもらした。

 少し――いや、かなり嬉しい。



 出立の日までは、自由行動だと言って、グンターは去って行った。その間に、必要な物を揃えておくように、と。

 軍でお仕着せの道具を支給しないところから、指揮官の中に冒険者たちが個人主義だという事を知っている者がいるのがわかる。

 エド達は今、コッコリオの街をぶらぶらと歩いている。通常では見ることが出来ない賑やかさが、この街にはあった。街を歩くのは、物騒な武器をもった男女。大通りの脇には、日常では使い道が思いつかない物を並べて店を開いている商人がいる。しかも、一人や二人ではない、通り沿いにずらりと、だ。

 しかし、一歩脇の道へ目をやると、そこは清閑としていた。ここで日常を営んでいる人々が、非日常に脅かされながら生きている空気を感じる。

 あまりよくない賑やかさだと思う。

 だが、仕方がないことなのだろう。ここは、最前線の一歩手前。戦へ出る人や物が集まる地となっているのだから。

「意外と物が揃っているんだね」

 シリィが感心したように道の両側に立つ店を見回して言った。

「ここに来れば、売れますからね」

「わざわざ聖都でそろえておく必要なかったんじゃないのかい?」

 シリィの意見はもっともだ。エドは頷いた。

 エド達は、ここで必要になるであろう物を、聖都や道中の街であらかじめ用意してきた。実は、結構荷がかさ張って大変だったのだ。

「ここに、どれだけ商人が入ってきているのか、アドルちゃんも読めなかったのではないでしょうか」

 聖都でしっかり準備をしておけと言ったのは、アドルだ。

「冒険者が集まるのと一緒に、集まったのかも知れません。それまでは、兵士御用達の商人だけでよかった筈ですから」

 兵士にも物資は必要だ。だが、お仕着せを支給される兵士に、行商人は必要ない。大通りの両脇に並ぶほどの露店が必要なのは、自分たちですべてを賄う必要のある、冒険者だ。

「今までは、これ程の商人がいなかったから、物資が現地調達できないかもしれないと考えたのか」

「商人が冒険者のために集まって来ない可能性もありますからね。なにせ、国同士の争いなど、絶えて等しいですから」

 絶えて等しいというより、ここまではっきりとした対立は、大陸に四つの国ができてから、初めてのことではないだろうか。

 こういう場合に、彼らの天秤が利益と安全、どちらに傾くのか、わからない。前例がないのだ。おそらく、商人自身も判断に困ったことだろう。

「ここに来て、何もないじゃ、困るって訳だね」

「あぁ、それなら、わかる」

 希望的観測で生きて行ける世界に、エドは身を置いていない。


 十分な用意はして来たが、ここまで来る間に消費した物を、少々買い足すことにした。保存食はもちろん、矢も少々。短剣の在庫はある。薬草屋もあったから、薬も買うことにした。あるに越したことはない。

「お、エド」

「おぅ」

「やぁ、シリィの姐さん」

「おや、あんたらも来ていたんだ」

「フェイスちゃんじゃないか、アドルは?」

「今は別行動です」

 露店を物色しながらぶらぶら歩いていると、顔見知りが声をかけてくる。本当に、冒険者もたくさんここに集まっているのだ。

「お、意外だな」

 そう声をかけてきた顔見知りがいた。

「どういうことだ?」

「あんたらが、こういうところにいるとは思わなかったんだよ」

 どういう意味だろうかと、エドは首をかしげる。

「ここにいる同業は、金か名誉に目がくらんだか、地元出身で愛郷心があるやつだろう?」

「自分で言うかよ」

 エドの苦笑に、本人も苦笑で返した。

「あぁ、あんた、シャフロン方面が出身だったね」

 シリィが口を挟む。ギルドの事務方を経験したシリィは、国内の冒険者に詳しい。

「俺がね」

 手を上げたのは、エドに声をかけてきた男の後方にいる男だ。彼らはパーティである。

「そういう訳で、俺らは愛郷心のある冒険者側で、ここにいる」

「俺でも何かできるなら、やりたいんだ。故郷が嫌で飛び出したのに……不思議なもんだ」

「へぇ、そういうもんなんだ」

 エドには、よく分からない。故郷と呼びたい場所からは、嫌で飛び出した訳ではない。故郷と呼ぶべき場所に対しては、苦難が起きても何の感慨も沸かないだろう。

「わたくし、分かります」

「フェイス?」

「嫌になりますよね。こういう時に、自分がどれだけふるさとを愛していたか、思い知らされる」

「あぁ」

 シャフロン出身の冒険者は、苦笑を浮かべてうなずいた。

「全く、いやになる」

 あまり、嫌そうではなかった。

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