小さな大平原 2
旅立ちは二日後だった。
それまで特にやることもなかったので、エドはのんびりと過ごしていた。なんとなくやる気が出なかったからもある。
そもそも、この仕事自身が、やる気の出るようなものではない。
愛郷心に目覚めた冒険者に何人も会ったら、更に自覚した。他所者の冒険者にとって、この仕事は金以外に魅力が無い。金に魅力を感じないエドにとっては、何の意義もない。
それを承知で来たのではないかと、脳内でアドルの笑い声が聞こえた。頭を振って、声を追い出して、エドは、仲間の事を考えた。
フェイスは、教会へ行っている。この町は初めてだから、顔を出しておくべきなのだ、と彼女は言った。そんな必要はないことを、エドは、他の冒険者僧侶から聞いたことがあるが、彼女にそれを言う気はない。フェイスらしい律義さだと、微笑ましく思うくらいだ。
シリィは気が付いたら、カウンターの向こう側にいた。マイペースなくせに気が短い彼女は、たった数日でも、何もせずに待つのが嫌なのだろう。仕事を見つけて、暇を潰している。
それぞれ時間を潰している間、エド達はアドルを一回も見かけなかった。用意してあった宿も、女性用の二人部屋と雑魚寝の男性部屋に一人分だけのスペースだった。
彼は貴族側で働かなくてはいけないのだ。今回に限って、アドルは冒険者ではない。それは最初から分かっていた。この戦が終わるまで、一緒に行動することはないだろう、と。
だから、出立の時間に、当然のように現れたアドルを見て、エドは思わず叫んでいた。
「なんでお前がいるんだよ!?」
「うわ、ひどい言い草。さすがの私も傷付くなぁ」
全然傷ついていない、むしろエドの反応を楽しんでいるような表情でアドルは言う。
「峠越えくらい、仲間と一緒にいてもいいじゃないかと言ったら、あっさり手放してもらえた」
「今までは、どこにいたのです?」
フェイスの問いに、アドルは顔をしかめる。
「お偉いさんに囲まれてた」
「嫌そうですね」
「いやと言うか……私は、こっちの空気の方が馴染む」
そう言って笑われると、悪い気はしない。
「ま、そんな長い道中じゃないけど、ヨロシク」
アドルは、おどけた調子で優雅な礼をした。
ルクシス山脈の峠道と言っても、エドが知る峠道とこの道は、全然違った。ルクシス山脈によって他の地域と断絶されたシャフロン平野が、なぜ孤立しないのか、その理由を見た気がする。その道は、山道とは思えないほど広く、整備されていた。
道は、左右が崖になっている。右手はピディス河が望める絶壁だ。左手は、道を作るために山を削ったのだろうか。岩壁がそびえている。
道の広さは、大荷物を持った人が四人並んでも余裕があった。ちょっとした馬車なら、すれ違うことも可能だろう。現に、平和な時代は、乗合馬車が行き来していたらしい。等間隔に、灯籠が立っている。人々の行き来が激しい道でよく見る形だ。魔よけの魔法が込められていると教えてくれたのは、シリィだったか。
眼下に見えるピディス河に船が泊まっている。カルーラ自慢の船だ。河の流れに逆らって上ることも、流れを抑えて下ることも出来る船だ。船の回りを白い湖鳥が飛ぶ。それらの背景に、立派な水門。今は閉じられている。なんとものんびりとした風景だ。河を下れば戦場だというのに、その香りを全く感じない。水門が、不穏な風すらも遮断しているかのようだ。
「これ以上、下れないんだ」
エドの横からひょいと顔を出して崖下をのぞき込んだのは、アドルだ。
「船」
エドの心中を読んだかのように、アドルが言った。
「水門の先、山の向こうの流れは、フラビスが制している。この河の流れはゆるやかだからね。フラビスでも扱えなくはない」
「だから、あそこでのんきに泊まっているんだ」
「船の中はどうかな? 見た目は癒されるくらいのどかだけど」
アドルの言葉に、エドは苦笑した。確かに、行きたい場所へ行けず、足止めを食らっているのなら、中の人はやきもきしているだろう。
秋めいてきた山の道を、一行はゆっくりと進む。既に気の早い木々は葉を色づき始めていた。
峠越えは、長い行列になっていた。コッコリオに待機していた者達全員で越えているからだ。
先導の兵士に続いて貴族の兵士たちが続く、そのあとに国直属の兵士たち。各地域から新たにやって来た者はわずかで、殆どが、怪我や病気、別件で向こう側から一旦こちらに来ていた兵士達だ。お仕着せは青を基調としているが、所属する家によって少しずつ色が違っていた。国直属の軍は、藍色である。
兵士の最後尾には補給部隊だ。荷馬車が数台。
その後ろから、いきなり列が乱れ始める。グンター率いる冒険者だ。彼らは整列して歩き続ける訓練をしていない。だらだらと、各々のペースで、しかし、最低限の秩序を保って進んでいた。それを許容するグンターは、確かに冒険者という人種を知っている。
冒険者の塊の中ほどで、エドは左手を見上げた。上が見えないほどの高い崖だ。絶壁に近いが、木々が生えない程ではない。逞しい木や草がいたるところに生えていた。山肌が見える場所には、滝が流れている。滝を落ちた水は、道を横切る短い川を流れ、再び滝となって河へ流れ落ちる。
「不安そうだね」
エドの視線の先にある懸念に気づいたのか、アドルが声をかけた。
「あぁ。ここに、あの崖の上から岩が落ちてきたらひとたまりもないだろうな、と」
フラビスの兵が、伏兵を潜ませることはないのだろうか? 援軍をここで一網打尽にすれば、カルーラへ、物理的にも精神的にも大打撃を与えられるだろうに。
「あぁ、それなら大丈夫」
アドルが驚くぐらい気楽に言った。
「あの上に登って、岩を落とせる人がいるなら、見てみたい」
「人が入れない?」
「じゃないかな? 少なくとも、この地を治めるカルーラは、あの上へ踏み入れる手段をまだ知らない。この上が、どうなっているかも」
「黒の部族や、探検専門の冒険者も?」
冒険者のなかには、未開の地を探索することを専門としているパーティもいる。
「黒の部族は立ち入らないらしい。冒険者は……帰って来ないのもいるなぁ」
アドルはそびえ立つ崖を見上げて呟いた。
「は?」
あまりにさらりと言われて、彼の言っている意味を、理解し損ねた。軽く動揺したエドを無視して、アドルは続ける。
「特に、この一年は、そこそこの数の探検隊が道を探したはずだ」
恐らく、向こうとこっちを結ぶ別の道を探してのことだろう。水路は使えない、この道はフラビスも知っているだろう。ほかの道を探すのは、当然のことだ。
「そんなこんなで、ここを襲撃する伏兵も置くことは出来ないということだけが、証明された」
「魔法で飛んだりは?」
「なんで出来ないんだろうね?」
「……そういう山か」
エドは顔をしかめた。
自然の中には、至る所に人知を越えた何かがある。これもその一つなのだろう。山の神が、この道以外に人が入るのを阻んでいるのだ。なら、この広い山道も、人の手による作品ではないのかもしれない。
アドルにそれを聞いたら、
「まがりなりにも、ルクシス、と言うことだ」
そう言って、崖から目を離した。
否定はできないらしい。
魔よけの灯籠に火が灯されているから魔物は出ない。神によって阻まれているため、崖の上下からの伏兵も心配ない。一行はのんびりと進む。
太陽が頂点に達したころ、山道も頂点に達した。そこは広場になっていて、小屋が数件ある。峠と言えばお約束のお茶屋だ。その広場で一行は昼食となった。
店は複数件あるが、それでも全員が入れる訳ではない。兵士の指揮官相当の者――貴族だけが、店へと入り、残りは広場に座り込んでの休憩だ。
「……なんか、疲れた」
「おや、奇遇だね。アタシもだよ」
エドは、大きく息を吐いて座り込む。そんなに厳しい道でも、厳しい進行でもないはずなのに、ひどく疲れている。初めてのことで、エドは、戸惑った。
エドの疲労に戸惑いを表したのは、エドだけではなかった。
「珍しいですね。体調が悪いのでは?」
フェイスが、眉を寄せてのぞき込む。そして、いきなり掌をぺたりエドの額に当てた。
「なっ! なに!?」
エドは驚いて、飛び上がる。生暖かいフェイスの手の感触に、心臓までが跳びはねるのが分かる。
「――熱はありませんね」
「……つか、今出たよね」
「免疫がないねぇ」
「そこの二人、うるさい」
エドはアドルとシリィを睨め付てから、のぞき込むフェイスを見上げた。
「心配ありがとう。大丈夫、誰かさんと違って」
「でも……」
「なんとなく、原因は分かるから」
エドは苦笑を浮かべた。そう、原因は分かる。よく考えたら、初めての経験だった。
「集団の歩調に合わせるのって、結構疲れるんだな」
「あぁっ!」
フェイスも理解したようだ。
「そうですね。自分のペースで歩かないから、変なところに力が入ります」
「ましてや」
「「この坂道」」
口を揃えて言って、二人は思わず吹き出した。
ふっと疲れが取れた気がした。代わりに生まれたのは、ほんわかとした、くすぐったい嬉しさだ。
誰の速度に合わせてか、下りも一行はゆっくりと進んだ。
エドは一人でならどんな所も駆ける自信がある。でも、集団で行動することは難しそうだと実感した。アドル達と一緒に移動していて疲れないのは、彼らのペースが自分と似ているからだろうか。それとも、単に人数の違いだけだろうか。
峠を越えても、両側は崖だった。相変わらず、右手は奈落で左手は壁だ。しかし、風景は違った。進むうちに、右手の崖下が河から森へと変わる。道が、河から離れ始めたのだ。
河が遠くなると同時に、眼下には平野が広がる。冒険者の中に、歩を緩めてその光景に魅入るものが現れた。おそらく、シャフロン方面へ来るのが初めてなのだろう。
エド達も例外ではない。
「広い……」
エドはその光景を見て、思わずため息をついた。
北に向かって、ゆるやかに円弧を描くように山際がへこんでいる。山からなだらかに南へと伸びる森は、この時期独特の、茶から緑へのグラデーションだ。緑の途切れる箇所に、白い箱の様な建物が見えた。恐らくそこが、この平野に住むカルーラの民が籠城するセルペン城なのだろう。
と、ここまでは、カルーラでもよく見る光景だ。今までと違うのはその南である。森が切れると、格子に区切られた田畑が姿を現す。緑よりも茶が多いのは、この一年、世話をするどころか、馬の蹄によって荒らされたからであろう。
しかし、痛々しい田畑も、すぐに終わる。ずっと右手に見てきたピディス河が、川幅を広げてゆったりと流れているからだ。その河から先が、エドにとって初めて見る世界だった。
そこにあるのは、先の見えない草原。地平の先まで、地面が続く光景だった。
「地平線……」
背の低い草だけが生え、視界を遮る木々が見えない。大地に多少の起伏があるものの、それは、丘と呼ぶにも御粗末なものだ。緑というよりは、青みがかった薄茶と表現すべき大地に白い筋が途切れる事なく走る。道なのだろう。ところどころにある塊は、カルーラやビリディスでおなじみの、山や森の類いではない。赤茶色の塊は、集落だ。町までもが、遠くまで見渡せる。エドの視力で、四つ。大きさの違いで距離を測る事は出来るだろうが、エドには、無理だ。経験したことのない距離を目で測れる訳がない。
「フラビスっぽい光景だねぇ」
シリィが目を細めて平野を見る。
「あれが、フラビス?」
エドが尋ねると、シリィは、そうだよ、と頷いた。
「ただっぴろい平原。森も、林もルクシス沿いにしかない。これを見ると、カルーラの平野なんて、猫の額だね」
「確かに」
エドは見慣れた北側の風景へと、南の初めて見る広大な風景を交互に眺める。シャフロンと名付けられた平野は、この広大な平原のひとかけらでしかなかった。
フラビスの広さに呆然としていると、視界の下の方に、空色の髪が入ってきた。アドルだ。
「オストルムは、もっと広いらしいよ。正直、想像力の限界を感じる」
この光景、アドルは初めてではないらしい。それでも、国内ではこの地域でしか見ることができない風景を、眩しそうに眺めていた。実際、太陽の光を受けた平原は、眩しいほどに明るい。
「まぁね。オストルムは四国一と言われる広さだけどね、その大半が平原か砂漠だよ――何も生えない、不毛の地だよ」
シリィは苦笑する。
「水と緑に囲まれたこの国の人は、驚くだろうね」
「見てみたいな」
「見に行けばいいよ」
「そうだね」
アドルは頷いた。
「そのためにも、この広大なフラビスから、猫の額のわが領土を取り戻さないと」
うん、と彼は一回伸びをする。決意を新たに、と言った表情だ。
動機は酷く個人的だが、アドルらしいと、エドは思う。
「おや」
平原から視線を移したシリィが、二人に声をかける。
「おいて行かれているよ」
「え?」
「あ、本当だ」
言われて視線を進行方向へと移すと、フェイスの背が、屈強な冒険者の陰に見え隠れしていた。さっさと先へ進んでいたようだ。
「珍しいな……フェイスがのってこないなんて」
道中を楽しむのは、このパーティの特徴だ。どんな光景にも興味をもつ。一人足を止めれば、皆が止める。協調性ではない、興味のある場所がたまたま似ていただけだ。だから、興味がなければ見向きもしない。
ただ、フェイスは、アドルと同じくらい好奇心が旺盛だ。
東を知らない者が感動し、南を知る者も足を止めるこの光景に、彼女が興味をもたないとは、珍しい。
「そういうこともあるだろうさ」
淡泊なシリィはそう言って、エドの背中を叩いた。
「さ、行くよ」
「あ、あぁ……」
加減を知らないシリィに背中を叩かれ、エドはたたらを踏む。彼女の力強さに促されるまま、エドはフェイスを追った。
苦笑を浮かべて後ろからゆっくりとアドルが付いて来る。
彼は歩きながら、広がるシャフロンとフラビスの平野へ、再び視線を移していた。
峠を降りたところにある街、チェルトラは、珍しい形をした街だった。
西は、人が入ることのできないルクシス山脈の果てがある。街道は、峠を下った後、森の中の道を、北へ進む。西から来た者は、チェルトラに南から入る形になっていた。
峠から続く道が、町へと続く。少しずつ開けてくる森に、ぽつりぽつりと民家が現れ始めた。そのまま、森の密度は少しずつ家へと置き換えられていく。森から抜けたら、そこは市街地だった。
「いつの間に、街に?」
エドの驚きは、おかしいものではない。実際、旅馴れた冒険者達が、何人も呆然と街を見回していた。
「門、いつ通った?」
近くにいる冒険者の声は、エドの疑問そのものだ。
普通、街は門から入る。大きな街は石壁で、小さい村でも柵で集落を囲んでいるからだ。僧侶達により、魔物避けの結界が施された壁である。壁ができてから何年、何十年、何百年も掛け続けられた魔法により、壁の中に魔物が入ることは、不可能と言っても良いだろう。
同時に壁や柵は、人の出入りも阻んでしまう。人は街への出入りを可能にするために、結界に穴を空けた。一カ所、あるいは二カ所。大きい街ではもっと。その穴を『門』と呼ぶ。
つまり、人の住む集落に入るには、必ず『門』を通るのだ。
この街、チェルトラには、その門がない。
「成り立ちが違うからだよ」
驚くエドに、アドルが言った。
「ここは、ずっと『道』だったんだ。そこに店が立ち、人が住むようになった」
「それでも人が住めば、結界が作られる。魔物避けは必要だ」
「不思議に思わなかった?」
「何が?」
「森」
「あっ!?」
言われて、気が付いた。
峠を降りて森に入ってから、街道になくてはならない魔よけの石灯籠がなくなっていた。それなのに、魔物は気配すらしなかった。
「あの森に魔物は入らない。人や獣は入れる」
「魔物がこない森だから、人が住み着いたのですね――結界がなくてもいいから」
「そう」
アドルは、嬉しそうにうなずいた。仲間がこの街の特徴を理解したのが嬉しいのだ。
「場所的に人がたまりやすいしね。だから、ほら」
アドルが、正面を指し示す。見えるのは、並ぶ町並みのさらに先。
「ここから先はシャフロン平野。遮るものは何もない……」
言って視線を前に向けた途端、アドルは顔をしかめた。ここから広がる大地が、目の高さで展開する……はずだった。しかし、アドル達の位置からシャフロン平野までの間には、遮る物があったのだ。
「……前は、なかったのに」
「戦時ですから」
フェイスが苦笑した。
アドルの言葉に反して、無骨な柵が、街の境界に立てられていて、それが、視界を遮っている。 魔物ではなく、人の侵入を阻む柵が、平野側にできあがっていたいたのだ。その柵の向こうには、人だかりが見える。軍だろう。
戦場は、チェルトラのすぐ外だった。
戦場に用事がある者たちにとって、チェルトラの街は通り道でしかなかった。
コッコリオの賑わいが嘘のように、最前線の街はひっそりとしていた。まず、冒険者をターゲットとした商人たちが通りに店を広げていない。住民のための商店は、開いてはいるのだろうが、門を閉ざして、余計な客を拒絶していた。エドは自分達が歩く大通りの脇道へ視線を移す。さびれた印象はないが、活気もなかった。窓を開け放つのにちょうど良い気候なのに、窓を雨戸まで閉めた民家が目につく。当然、人の姿など見えなかった。
「チェルトラも、コッコリオも、そこに住む人たちは息を潜めてこの災難に耐えているんだよ」
「耐える?」
「そう」
アドルは頷く。
「耐えるしかできない人しか、多分残っていない。血気盛んな者は、生活を自らの手で取り戻すために、兵に志願しているから」
「主にいるのは、女子供、そして老人、か」
「本当は、若い男も戦場には出したくない」
「そうなのか?」
国が守るべき住民を、危険にさらされることを望んでいない、という事だろうか?
アドルの言葉が、冒険者ではなく、為政者の視点からのものであることに、エドは気付いた。
「戦場で下手に大勢死なれたら、来年からの収穫に影響する」
「農場を主とする、カルーラらしい発言だね」
シリィが苦笑する。
「そりゃ、ここはカルーラだもの」
アドルは肩をすくめた。
「戦なんて、非生産民の貴族達に任せりゃいいんだよ。そのために、食わせてもらっているんだからさ」
なるほど、それがアドルの本音なのだろう。
1年の間に建てられた柵には門があった。門をくぐって、エドは認識を間違えていたことに気付く。この柵はチェルトラを囲んでいるわけではなかった。チェルトラの先にある軍営を囲んでいたのだ。
柵の中には、二種の人間がいるのが、すぐに分かった。
青を基調とした軍服を着た者とそうでない者だ。前者が国や各領土の正規兵であり、後者が冒険者である。
青を基調とした軍服達は、柵の中より外の方が多かった。彼らは入れ替わりで、常にその先にあるものと対峙しているのだ。
エドの高い視線からは、それが見え隠れしている。たなびく金色の旗――フラビスの騎馬隊だ。
戦場が、そこにある。
エドは思わずつばを飲み込んだ。ごくりと、予想以上に大きな音で喉が鳴った。
「はい、失礼」
軽い声が、エドの緊張を溶かす。やっ、と片手を上げたのは、藍色の軍服を着た濃紺の髪の男、モーラだ。
「アドル、迎えに来たよ」
アドルがあからさまに顔をしかめた。
「そんな顔をするな。仕事だ、わかっているんだろう?」
「わかっているから、顔だけ抗議したまでだ」
そう言い返してから、アドルは目を閉じて、数回深呼吸をした。
「行く」
ゆっくりと瞳を開けた時、彼は静かな表情をしていた。深い蒼の瞳が、揺れる青と金の旗を、まっすぐに見ている。殺気も怒気も、憂いも無い。だが、決して感情のがない訳でもない。意志を感じる瞳が、恐ろしく静かに前を見据えていた。
エドは、その表情に思わず魅入る。金縛りにあったかのように、目を逸らすことが、できない。
その瞳が、ふいにこちらを向いた。その途端、体から力が抜けるのが分かる。自分が緊張していたことを、自覚した。
「じゃ、エド、フェイス、シリィ」
今までの静けさが嘘のように、生き生きとした表情でにっと笑って、アドルは片手をあげた。
「無理しすぎないように。歌わない君たちと会う気はないから」
エドたちにそれだけ言って、アドルはモーラをおいて、さっさと行ってしまった。
「……借りるよ」
「貸します」
苦笑気味のモーラの言葉に、真面目な表情でフェイスが応えた。シリィも珍しく神妙な顔つきだ。
おそらくエドも、同じような表情をしているのだろう。モーラは苦笑を引っ込めて、無言で頭を下げた。
「歌わないアドルと、再会させることはさせない」
そこに、軽薄な雰囲気はなかった。