勇者のための四重唱


鏡面翻弄 3

 かくなる事情で。

 もうしばらくこの街に滞在することが決定したベルドとヒオリは、同じく依頼を受けたことになったアドルたちと、依頼主であるニーロとペリルの六人と共に、事件の捜査を開始していた。エドがまずは現場に行くことを提案し、ヒオリがそれに疑問を投げる。

「事件が起こったのが昨日で、まだ捜査は続いてるんでしょ? 入れるの?」

「それに関しては問題ない。……アドル、やれるな?」

「あまりやりたくはないんだけど、仕方がないね」

 苦笑するアドルに首を傾げつつ、ヒオリはベルドのほうを見る。当のベルドもよく分かっていないらしく、表情には疑問が浮かんでいた。

「来てみれば分かるさ。善は急げといわれているし、とにかく動こう」

「……まあ、いいけどよ」

 しかしアドルは、自信ありげな表情だ。普通、まだ捜査の終わっていない事件現場に、依頼を受けたとはいえただの冒険者が立ち入るのは難しいはずだが、全く問題ないというのか。

「ま、カルーラはそっちのほうが詳しいだろ。方向性には疑問が残るが、とりあえず任せる」

「引っかかる言い方だな」

「俺まで一緒にしないでくれ」

 心外だと言わんばかりに、アドルとエドが揃って突っ込む。が、突っ込みの内容は微妙に違っていた。エドの苦労はなんとなく分かるらしく、ベルドが小さく苦笑する。

 仲間と一緒に荷物を持って、ヒオリは椅子から立ち上がった。彼女の定位置は、ベルドの隣。先頭をアドルとエドが歩き、斜め後ろにベルドとヒオリ。ニーロとペリルの依頼者コンビと、フェイスとシリィが最後尾だ。

 アドルたちから情報を仕入れながら歩いていくこと十五分、一行は事件の現場にたどり着いた。現場はロープで遮られており、自警団だか警備員だかが見張っている。アドルはおもむろに見張りの警備員に近づくと、単刀直入に用件を告げた。

「すまないね。ちょっと重要な事件があって、入りたいんだけど」

「いや、それは出来ないよ。関係者以外を入れるわけには行かないんだ」

「全く無関係ってわけじゃないさ。犯人と疑われているペリルから、濡れ衣を晴らすようにと依頼を受けた。それに……」

 声を若干低くして、アドルは警備員と二言三言話している。一体何を言ったのか、警備員は奥へと消えていく。しばらくして戻ってきた警備員は、右腕に腕章をつけていた。責任者なのか。

 アドルが再び警備員と話をすると、なんと警備員は頭を下げ、立ち入ることを許してくれる。

「あまり、余計なことはしないでくださいよ」

「感謝するよ」

 少しだけ棘のある言い方だが、本当に何を言ったのか。ヒオリはベルドと顔を見合わせ、続いてエドたちにも目線を向けた。一方のエドは既に予測済みなのか、苦笑気味の表情だ。

「エド」

「なんだ?」

 そのアドルから声がかかり、呼ばれたエドはアドルのほうへと近づいていく。十分な距離まで近づくと、アドルは現場に目線を向けた。

「入れるのは、私の他には一人だけだ。手伝いを頼むよ」

「俺でいいのか? ベルドと行くという選択肢もあるだろう」

「ベルドが真価を発揮するのは、密林や山岳地帯での探索だ。殺人事件における捜査は、君のほうが慣れている」

「嫌な言い方をするな。単に街中での探索が慣れているというだけだろう」

「まあね」

 あっけらかんと言い返すと、アドルはロープをくぐっていく。その後ろから、エドも姿勢を低くして、同じくロープをくぐっていった。

 ベルドとエドを比べたとき、こういう場ではエドのほうが優秀だという判断だろう。ヒオリは残った五人と共に、二人の姿を見送っていく。

「自分の夫が選ばれなくて不満かい?」

「ん? 別に?」

 シリィのからかうような声に、ヒオリはいつも通りの口調で返した。口はともかく、アドルの人選にミスはない。ベルドは自慢の夫ではあるが、無理にベルドの優秀性を主張するほど、ヒオリは盲目な女ではなかった。

「そうかい」

 シリィもどこか満足そうに頷くと、ロープの向こうに目線をやった。今の彼らに出来ることは特になく、アドルとエドの調査待ちだ。ズボンのポケットに手を入れて、ヒオリはゆっくり帰りを待つ。

 三十分ほど待っていると、アドルとエドが戻ってきた。姿を見て、フェイスが二人に結果を聞く。

「どうでした?」

「掃除はされていたが、返り血はかなりひどかったようだ。死因は首元をざっくり切られての失血死。事件現場はT字路になっていて、目撃情報からすると、犯人は私たちから向かって左側に走って行ったらしい」

「そうすると……えっと、西側ってことですか?」

「そういうことだね」

 方角を出すのに少しだけ時間がかかったが、肝心の向きは合っている。フェイスの言葉を肯定すると、エドが話を引き継いだ。

「一方目撃者は、ちょうど今俺たちが立っている方角から事件を目撃したそうだ」

「その目撃者とは、接触を取ることは出来ましたか?」

「出来ていないが、夜の路地裏で暗かった上、何より一瞬だったから、はっきりとは分かっていないらしい。確実な情報は、時間と方角くらいだそうだ」

「んーと……」

 三人のやり取りを聞きながら、ヒオリは少し上を向いて考える。さっき見た地図と目撃情報を照らし合わせて、逃げた場所を推測した。

「西っていうと、ペリルさんの家があるよね」

「確かに、私の家はここから西の方角ですが、帰るためには商店街を通らなければなりません。その、動脈を切られて殺されたなら、犯人にも返り血が付いているはずですし、そんな人通りの多いところを通るというのは考えにくいのではないでしょうか?」

「僕もそう思います」

 おどおどした性格ではあっても、頭はそれなりにいいらしい。ペリルの言葉にニーロが頷き、ヒオリは次の疑問を述べる。

「じゃあ、商店街を通らないで、遠回りして帰ったんじゃない?」

「それは、えっと……」

「ありえないね」

 言葉に詰まったペリルの代わりに、アドルが疑問を切り捨てた。

「商店街を通らなければ、最短ルートで帰宅しても時間の計算が合わなくなる。第一、商店街を通ったとしても、間に合うかどうかが疑問のレベルだ。普通に考えて、ありえない」

「うーん……」

 妥当な答えを潰されて、ヒオリはさらに考え込む。その横で、今度はニーロが口火を切った。

「首元の動脈をざっくり切ったということは、少なくとも魔物の犯行ではありえませんね」

「その通りだね。ただし、知能を持った人型の魔物ならありえなくもない。あるいは、アルミラのようにミルヴェーラを使い魔にしていたとかね」

「アルミラねぇ……」

 シリィが呟いた名前を聞いて、ヒオリは小さく肩をすくめた。

 “アルミラ”。貴族位を持つジェイブリル家の一人娘で、父親の暗殺を企てた女。異界の魔物であるミルヴェーラを使い魔にし、その力の一部を借り受けていたあの女は、正直かなりてこずった。

 あの女には、昔のトラウマを散々にえぐられたこともある。あまり思い出したくはなかったが、隣のベルドが頭をぽんぽんと叩いてくれた。思わず緩みそうになる頬を押さえて、ヒオリは再び意見を述べる。

「シルエットから考えれば、人型の魔物か、手馴れた人間の犯行だよね」

「その可能性が濃厚だね」

 ヒオリの意見を肯定し、アドルは一つ頷いた。フェイスも同感だったらしく、同じく頷きを返している。

「他には、何か情報はありましたか?」

「特にないね。ただ、ペリル。君に確認したいんだが、確か君は数日前、被害者と喧嘩をしたそうだね?」

「……はい。確かに、大きなトラブルがありました」

「その喧嘩の顛末というのを、詳しく話してくれないかい? 事件解決の手がかりとして、出来れば正確に知っておきたい」

 アドルに水を向けられて、ペリルは戸惑いの表情を見せる。悩んだ理由に思い当たり、アドルは微笑を浮かべて補足した。

「もちろん、ちゃんと場所は変えるよ。こんなところでそんなデリケートな話は出来ないからね」

 アドルの言葉に、ペリルも少しだけ笑ってくれた。






「今回被害者となった人は、私の友人の一人でした。あの娘は、私と同様、ニーロさんに想いを寄せていて、それで数日ほど前に、私に相談を持ちかけてきたのです」

 近くの軽食屋に場所を移し、ペリルはとうとうと語り始める。なんでも被害者は、良くも悪くも公正すぎる性格だったようで、陰険陰湿を徹底的に嫌っていた。今回もその被害者は堂々とニーロに告白する予定だったらしいが、その前に友人としてペリルの抱く想いに気付き、それを正面から暴露して大喧嘩になったらしい。卑劣を嫌い、誰とでもフェアに接する態度は多くの人から慕われていたが、それが時折行き過ぎるのか、敵も少なくなかったそうだ。

「もしもその人と君らが依頼で組んでいたとしたら、大変なことになっただろうね」

「まあ、下手すりゃ俺が殺してたかもしれねえな」

 楽しそうに笑ってからかうアドルに、大真面目な顔でベルドが返す。

 生き延びるためなら何でもする、必要とあればドブさらいから誘拐までなんだってやるというこの男。他者の奴隷を強奪するため、ベルドは既に殺人の罪を犯している。もしもそんなことが被害者に知れれば、この被害者はベルドのことを是が非でも突き出そうとしたかもしれない。もっとも、ベルドがやったことは社会通念からしても微妙な位置合いにあるために、その被害者がどのような判断を下すのかは分からないが、そうなったときにベルドがどのような手段に出るかは、ちょっと想像したくない。

「王族や政治家じゃあるまいし『たら』『れば』の話をしたってしょうがない。現実的な問題へと移ろうぜ」

「……そうだね」

 少しだけ返答に迷ったが、アドルは肯定の返事をした。隣のフェイスも難しい顔をしているのは、多分アドルとは違う理由だろう。聖職に就いている彼女からすれば、殺人を否定しないベルドの態度は、理解しがたいものなのだろう。理由のない殺人であれば、怒りをあらわにしたかもしれない。

「聞くまでもない確認だが、ペリルは犯人ではないのだな?」

「違います。いくらなんでも、友達を殺してしまうなんて……」

「……エド。ちょっと、配慮に欠ける質問ですよ」

「すまん」

 焼き菓子を飲み込んだエドの言葉に、フェイスが低い声でたしなめた。確かに最もな話なので、エドは素直に謝罪する。ペリルはいいんですと首を振り、隣のニーロが気遣うような素振りを見せる。その横で、ベルドがでっかいため息をついた。

「ったくよー。五年間引きこもってやがったくせに、どーしてそーやって女の子からモテモテなんだよ。こっちはその五年間、片っ端から女の子に声をかけては連戦連敗だったっつーのに」

「ベルド」

「はい」

 シリィの声に、ベルドは軽口を引っ込める。その横では、ヒオリがベルドを不安そうに見つめながら、服の裾を引っ張っていた。エドも苦笑して、分からなくもないと呟きを漏らす。耳ざとくアドルがそれを聞きつけ、エドを容赦なく焚きつけた。

「へぇ、君にもそういう願望があるんだ?」

「同じ男として分からなくもないと言っているだけだ。俺に惚れるような物好きな女などいないことは分かっているし、無理に探す必要もない」

 そのルックスでどの口が言うかと内心思ったアドルであるが、エドの評価を引き下げているのはある意味自分たちの面もあるので、それ以上の追求はしない。多少の自覚はないわけではないアドルであった。もっとも、それで改めるかは別問題だが……

「ん? その目線は何かな、ベルド?」

「いや、別に。普段女三人に囲まれておいてどの口が言うかと思っただけ――っぐぁぇ!?」

 聞き終わる前に、アドルは足を振り上げていた。ガンッというイイ音が机から響き、ベルドがもんどりうって悶え始める。弁慶の泣き所を直撃したらしい。

「アンタも懲りないね」

 シリィが冷静に突っ込みを入れ、よほどイイ角度に入ったのか、ベルドはまだ悶えている。

 アドルが女の子に間違えられるのは、実は珍しいことではない。というか、どう見ても男装の麗人である。並の女の子を遥かに凌駕する綺麗な顔に、男にしては高い声。綺麗な空色の髪はよく手入れされていて、身長もどちらかといえば低かった。

 その美貌たるや、何人もの人を見てきた観察眼を持っているベルドをしても、最初はアドルを男性だと見抜けなかったほどだった。一方のヒオリは、小柄な体躯にズボン愛用、天真爛漫で好奇心旺盛と、逆に男の子に間違えられることもあるほどで、同属を見抜いたというべきか、アドルを男性だと分かっていた。裏を返せば、たまに男の子に間違えられることもあるヒオリを見てきたベルドですら、女性と間違えたというわけである。

 とはいえ、いくら女性に間違えられる華奢な体躯をしているといえど、アドルはれっきとした男であり、剣を持って前線に出ることもないわけではない。男女差別をするつもりは毛頭ないが、そんなアドルの蹴りをまともに食らえばさすがに痛い。レッグガードがあるとはいえ、食らった場所が急所であるならなおさらだ。

 ベルドはしばらく悶えていたが、やがて体勢を立て直した。焼き菓子を一つ放り込んで、ベルドは小さくぼやきを漏らす。

「つったって、一言二言言いたいぜ。殺された被害者がどんな奴かは知らねーけど、ペリルだって『ボン、キュッ、ボーン』のナイスバディじゃねーか。俺の嫁さんなんかきゅっきゅっきゅだから抱き心地悪くてしょーがねーよ」

「誰がきゅっきゅっきゅだ!」

 話の途中で嫉妬したのか、ベルドの服の裾を何度も引っ張っていたヒオリは、飛んできた言葉にテーブルを叩いた。アドルもヒオリの過去はあまり詳しくは知らないが、その壮絶な半生は話程度には聞いている。

 何も持たない奴隷身分に生まれ落ち、朝から晩まで働かされる。成長期にまともな栄養も与えられていなかったため、ヒオリの身体はどちらかといえば貧相で、ウエストはもちろん、胸やらなにやら色々小さい。ヒオリのベルドに対するがんじがらめの束縛も、誰も味方のいない孤独で、何年も働かされ続けていた心の傷が原因だろう。それを冗談に出来るくらいに回復したのは、他でもないベルドの力だ。ああいうジョークも、ヒオリの傷を癒すためだと考えるのは深読みしすぎか。

 と、フェイスが猛烈に嬉しそうな顔で、ベルドのほうに突っ込んでくる。

「だ、抱き心地悪いんですか!?」

「は? いや、それは単なるジョークで、別にそういうわけでもないけど……」

「骨っぽいとか、そういうことはないと!?」

「ま、まあ、ないな。抱き締めると、ちゃんと柔らかくてあったか――」

「うわあああああっ!」

 何故か食らい付いてくるフェイスに若干引き気味の返事をしていたベルドであったが、そこにヒオリが真っ赤な顔でテーブルを叩く。

「何の話をしてるんだよっ!」

「ヒオリの抱き心地」

「ヒオリの抱き心地」

「答えなくていいってばっ!!」

 二人揃っての見事な返事に、ヒオリはテーブルをもう一度叩く。衝撃で焼き菓子のバスケットがずれた。昨日は自分からベルドのエロ話を持ち出したくせに、他人から言われるのはやっぱり恥ずかしいらしい。アドルは焼き菓子を一つ食べると、話を本題に戻していく。

「で、被害者には友人も多いけど敵も多くて、誰がやったのかは分からないと」

「ええ、その……お役に立てなくてすみません……」

「まあ、仕方がないね。その敵の中で、殺されるほど恨みを買うようなことになった人は?」

「それは……」

 ペリルはしばらく考えていた風だったが、やがて力なく首を振った。

「ごめんなさい、やはり思いつきません……」

「そっか。まあ、君が謝ることはないよ。別に君は悪くないし、悪いのは全部ベルドだからね」

「俺かああああぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 さらっと壮絶な責任転嫁をされて、ベルドは思い切り怒鳴り声を上げた。

 ヒオリも今回は、ベルドを庇ってはくれなかった。






 それから先は、二手に分かれて聞き込み調査を行った。犯人が逃げ去った西の方角、商店街の方向に的を絞る。ほとんど人通りはないとはいえ、商店街ならそれなりに目撃者もいるかもしれない。だが、聞き込み調査にかけた時間とは裏腹に、大した収穫は得られなかった。

「うーん……西に行ったことには間違いはなさそうなんだがなぁ……」

 頭を抱えて、ベルドが小さなぼやきを漏らす。隣のアドルも、全く以って同感だった。夜まで聞き込み調査を行って、目撃情報はわずかに数件。実際に西方向に逃げたらしく、商店街の入り口付近までは不鮮明ながらも目撃情報が挙がっていた。しかし、大体商店街に入った辺りで、ぱたりと情報は得られなくなってしまったのである。

「人ごみの多い商店街から目撃情報が出始めるならまだしも、逆って一体どういうことよ」

「さあね……あの辺りには服屋と雑貨屋があったけど、そこに容疑者とよく似た体格の娘がいたというわけでもなかったし……」

「なかったし……」

 頭脳労働が得意なアドルも、さすがに答えは見つからない。あまりお頭の出来がよろしくないベルドとヒオリ、情報を集めるのは得意であっても整理するのは苦手なエドも、当然ながらお手上げだ。

「しょーがねー。ナントカの考え休むに似たりだ。晩飯食ったら、見回りにでも行ってこよ」

 頭を抱えていたベルドが、夕食のメニューに手をつけた。事件が起こったのは、昨日の夜十時から十時半。もしも事件が起こるのなら、やはり夜が怪しくなる。それでなくとも、夜は治安が悪い時で、見回りに出かけようとするベルドの行動は、至極正しいものであった。

「あ、ベルド。ボクも行くよ」

「俺も行こう」

「悪いな、助かるぜ」

 ベルドとヒオリの二人であっても不覚を取るとは思わないが、これにエドが加わるだけで、戦力は大幅に増強することになるだろう。手分けして見回りに乗り出すという選択肢もないわけではなかったが、そうやって索敵範囲を広げるということは、裏を返せば兵力を分散させるということにもなってしまう。敵の正体が分からない以上、迂闊な行動はできないのだろう。立場が逆なら、アドルだってそうするはずだ。

 ベルドが時計を軽く見て、アドルに行動の確認を取る。

「じゃあアドル、食べ終わったら俺らは見回りに出かけるが、何時までに戻って来いとか条件はあるか?」

「特にないね。明日の行動に支障がない程度にしてくれ」

 別々の冒険者パーティが一緒に行動をする場合、誰が総指揮を取ることになるかでトラブルになることもある。しかしベルドはアドルに対して頭脳はお前だと譲っていたので、前回今回と通して総指揮はアドルであった。単純な人数の差もあるため、アドルも必要以上に謙遜することもなく、素直にリーダーを引き受けている。もっとも、アドルも無理に自分が引っ張ろうとするタイプでもないために、結局は合議制になっているのが実情であるが。

 そんなアドルの判断に、ベルドはへらへら笑って軽口を叩いた。

「ま、その辺は別に問題ねえよ。ろくに気も緩められないまま何日も旅するとかザラにあるしな。少なくとも昨日ぐっすり休んだ以上、あと一日は余裕で動ける。どっかの誰かと違ってな」

「ボクも丸二日働かされ続けたこともあるし、このぐらい大したことはないよ」

「俺も同じだ。一晩や二晩の徹夜でどうにかなるような、軟弱な体力は持ち合わせてないんでな。……誰かと違って」

「悪かったね、一晩の徹夜でどうにかなりそうな、軟弱な体力しか持ち合わせていなくて」

 三方向から爆撃され、アドルはふてくされた声を返すしかなかった。




 ――そして、明朝。


 殺人事件勃発の知らせが、王都中を震わせた。