勇者のための四重唱


鏡面翻弄 4

「お、おぼっちゃま! いらっしゃいますか! 一大事でございます!」

 騒々しいノックの音に、アドルははたと目を覚ました。目の前には紙。横には倒れたペンがあり、どうやら昨日得た情報を整理しているうちに眠ってしまっていたらしい。

「おぼっちゃま! おぼっちゃま!」

「っ、今行きます!」

 体を向けると、ニーロも目を覚ましていたところだった。ニーロは急いでベッドから飛び出し、扉を開けて顔を出す。

「どうしました、こんなに朝早く!」

「ロ、ロネルが……ロネルが、昨夜……」

「ロネル!? ロネルが、どうしたというんだ!?」

 すぐにアドルも立ち上がり、扉の傍まで移動する。目の前にいるのは、焦った顔をしているニーロ。それに、声を震わせて頭を下げる、一人の女性。フリルの付いたエプロンドレスに、白いカチューシャ。どこにでもある典型的なメイド服を身に纏ったその女性は、順当に考えるならハミルトン家の使用人だろう。

 その使用人は、ところどころつっかえながら、その衝撃的な知らせを告げる。

「ロネルが……ロネルが昨夜、何者かに襲われ……」

「なんだって……!? ロネルは!? ロネルは、無事なのか!?」

「…………」

 返らぬ答えが、全てを語る。知らせを聞いて、ニーロは床に崩れ落ちて号泣した。状況が全く理解できないアドルだが、この状況に野暮な口を突っ込むほど、無神経になった覚えはない。

 ただ、とんでもないことになったと――背筋を伝う冷や汗だけが、その現実の理解者だった。






「帰ったぞ」

 ギルドの入り口の扉をくぐり、エドは帰りの挨拶をした。目の前に飛び込んできた状況を理解すること一秒半、単刀直入に用件を切り出す。

「何があった、アドル」

「エド、それにベルドとヒオリ。ちょうどいいところに帰ってきた、とりあえず座ってくれ」

「……何事だ、一体」

 エドに続いて、ベルドも苦い声を出す。しかし、状況は既にただ事ではなく、エドたちは言われるがままに勧められた椅子に腰をかける。腰を下ろしたタイミングで、アドルが話を切り出した。

「エド、ベルド。それにヒオリも、昨夜の見回りで、何か変わったことはなかったか?」

「……いや、特になかった。何事もないまま、一夜が明けたはずだ」

「そうか。ハミルトンの家は、回ったか?」

「ハミルトン? ニーロの家か。十一時ごろに立ち寄ったが、特に深くは見なかった。何か――」

「――っ、きゃああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」

「――――ッ!?」

 状況を報告しつつ、エドは話を聞き出そうとする。しかし、それよりも早く、上の部屋から女性の悲鳴が聞こえてきた。

「何事だっ!?」

 即座に武器を引っ掴み、エドたちは階上に駆け上がる。悲鳴が聞こえてきた部屋は、フェイスとシリィ、それにペリルが泊まっている部屋だった。扉を激しくノックするが、応答はない。正確に言えば、応答はあるにはあるのだが、開けている余裕はないようだった。

 無断で女性の部屋に入るのは少々失礼な行為であるが、今回は入って来いと言われた上、入らなければ最悪命の危険もある。しかし、当の扉にはしっかりと鍵がかかっており、開けるには下からマスターキーを取って来なければならなかった。扉を開ける余裕もないなら、下手をすればその間に手遅れになってしまいかねない。

「どいて!」

 と、ヒオリが肩と篭手に魔力を溜め、肩から思い切りタックルを入れた。扉が勢いよく吹っ飛んで、音を立てて床に落ちる。タックルの勢いで部屋に飛び込んだヒオリを先頭に、一行も部屋へとなだれ込んだ。

 部屋の奥で、ペリルががたがたと震えている。シリィがその前を警護するように立ちはだかり、フェイスは風呂場の入り口で鋭く槍を構えていた。

「フェイス、加勢するぞ!」

「ベルド、それにヒオリ。助かりました、何がどこから来るか分かりませんから、警戒をよろしくお願いします」

「分かった!」

 妥当といえば妥当だろう。アドルとエドがシリィとペリルの傍に駆け寄り、ベルドとヒオリは槍を構えるフェイスの加勢に加わった。魔物の姿はないものの、あの悲鳴はただ事ではない。前後左右、それに上下にも注意を払う、不気味な沈黙が流れ続けた。

「姐さん、ペリル、無事か」

「ああ、アタシはね。一応ペリルも、怪我はないよ」

「そうか」

 しかし、ペリルはまだ震えており、何かとてつもなく恐ろしい目に遭ったのは確実のようだ。先の悲鳴を上げたのは、おそらくペリルで間違いない。

「何があった、ペリル」

「い、いえ、なんでも。なんでもないです」

「あの悲鳴で、なんでもない?」

「ああ。アタシにもよく分からないんだけど、さっきからペリルはなんでもないって言ってるのさ。あれだけの悲鳴を上げられて、なんでもないってことはないと思うんだけどね」

 眉をしかめたエドに対し、シリィが横から低い声で返してくる。下で聞いただけのエドからしても、あの悲鳴はただ事ではないと感じさせたし、それだけ震えておきながら、なんでもないとはどういうことか。

「……ベルド、何か気配は感じるか?」

「…………」

 横でアドルが声を飛ばし、ベルドは周囲を探るようなそぶりを見せる。しかし、やがてベルドは首を振ると、警戒を解かぬままに返事を投げた。

「なんもねえ。少なくとも殺気は感じねえぞ。ヒオリは?」

「……特に、ないと思う」

 一方のヒオリは、魔力で付近を探ったのか。しかしやはり、ベルドと同じような返事であった。だが、だからといって安全であるとは限らないということは、長い経験からよく知っているのだろう。やはり警戒は解かないまま、ヒオリはペリルに聞いてくる。

「なにで悲鳴を上げたの? 魔物?」

「ですから、なんでもないんです。その、気のせいだったんですから……」

「だから、その気のせいの正体を教えてよ。ばかじゃないんだから、けんとーの一つや二つはつくでしょ?」

 少女の色を捨て去った、ヒオリの言葉。『見当』のイントネーションが微妙に違うが、元々学のない奴隷の少女であるのなら、この辺りは仕方がない。ペリルは弱々しく首を振ると、悲鳴の正体を話してきた。

「その……大きな、虫が……」

「……ああ、なるほどね」

 ペリルは戦闘経験を持たない、ごく普通の一般人だ。もっと不気味な魔物と対峙することもある冒険者は、いまさら虫一匹で怯むようなタマではないが、一般人からすれば致し方がないのかもしれない。

「四十センチくらいある、大きな虫が見えたような気がしまして……本当に、申し訳ありませんでした……」

「四十センチねえ……」

 そこまで来ると魔物の域だ。しかし、四十センチもあるようなでかい虫が、この辺に隠れられるスペースはない。風呂場の排水溝の下だって、十センチある奴がせいぜいだろう。

 フェイスが一応排水溝の蓋を槍の刃先で引っ掛けて中を確認してみるものの、金属製の網が張られていて、虫が隠れるスペースはない。本当に見間違いだったのか。

「本当に、お騒がせいたしました……」

 まだ震えているが、大丈夫なのか。しばらく警戒を続けているが、やはり何も起こらない。エドは周囲に気を配りつつ、この場の全員に提案する。

「ひとまず、階下に場所を移そう。まだ朝食も摂っていないし……アドルの方でも、また何かが起こったらしい。そっちの話も聞かなきゃならないだろうからな」

「そうだね。本当に、君の気のせいだったんだね?」

「え、ええ……」

 深々と頭を下げるペリルに、これ以上の追求は出来なかった。しかし、万が一の場合を考え、宿泊部屋は変更する。この部屋はひとまず引き払い、フェイスたちはアドルたちの部屋を挟んだ反対側の部屋を取った。実際に何かがあるのなら、どれほどの効果があるのかも疑わしいところだが、何もしないよりはマシだろう。ちなみに、扉と鍵の修理代はペリルが持ってくれるらしい。彼女なりに、責任を感じているようだった。






 新しく取った部屋に全ての荷物を移し変え、一行はギルドで朝食を摂る。ベルドとヒオリは速攻でスープを注文し、舌鼓を打ち始めた。鶏の骨で出汁を取り、上質の水で作られたスープが、よほど気に入ったらしい。

「鶏にしろ水にしろ、カルーラが誇る特産品だからな。ここの鶏を食べたら、しばらくよその鶏肉は食べられなくなるんじゃないか?」

「まったくだぜ。冒険している時は基本的に保存食か野生料理かの二択だからな。こういうところで食えるだけ食っておかねーと、身が持たんわ」

 エドの言葉に、ベルドは食事の手を止めない。徹夜であちこちをパトロールして帰ってきた体には、鶏肉スープは非常に染み渡るものなのだろう。当のエドも、今日は朝から鶏肉だ。

 しかし、朝食にほとんど手をつけない人間がいた。ペリルである。ペリルは何をするでもなくパンを細かくちぎりながら、何かに思いを馳せている風で。ふと顔を上げたとき、一人数が少ないことに気付いたのだろう。周囲を見渡して、ペリルは聞く。

「そういえば、ニーロさんは……?」

「そうだったね。今日は、そのことを話しておかなきゃいけないんだっけ」

 エドやベルドも、ニーロがどうなったのかを知らない。話される直前にペリルの悲鳴が響いてきたため、それどころではなくなったからだ。唯一状況を知っているアドルは、食器を置いて、真剣な声で話し始める。

「ハミルトン家の使用人が、昨夜遅く、何者かに殺害された」

「……なんだって?」

 その知らせには、さしものエドも停止した。フェイスやシリィも意外だったらしく、食事の手を止めている。

「事件が起こったのは、昨夜遅く。発見されたのがそう前ではないために、詳しいことは分かっていない。ニーロはこの知らせを聞いて、ハミルトン家に帰っていった」

「……馬鹿な」

「だから、さっき聞いたんだ。昨夜の見回り中、ハミルトン家に近づかなかったかとね」

「…………」

 予想外の事件に、エドはベルドに目線をやった。対するベルドも、神妙な顔で頷くと、おもむろにスープの食器を手に取り――

「すんませーん、これ、おかわりー」

「ちょっと待て」

 店員を呼んで、おかわりを告げた。そのあまりにいい加減に見える仕草に思わず突っ込んだエドであったが、ベルドはスープのおかわりを受け取り、スプーンで一口。

「いや、うまい」

「ベルド」

「はいはい。……で、被害者の素性は? いくら詳しいことは分かっていないといっても、名前や役職は分かるだろ。メイド長だったとかコックだったとか」

「ああ。被害者の名前はロネル。とりたてて高い地位にいたわけではない、一介の使用人だったみたいだけど、ニーロには献身的に尽くしていたようだね。自立訓練、っていうのかな? いつまでも引き籠っていてもいいことはないし、どうにか外に出られるようにと、ニーロに協力していたそうだ。その働きを認められて、専属メイドにもなってたらしい」

「今、取り立てて高い地位にはいなかったって言ってなかったか?」

「地位そのものは、一介の使用人と変わらなかったっていうことさ。多分、地位を高くすれば、任せられる仕事の量が増えてしまって、ニーロに関われる時間が相対的に少なくなってしまうっていう配慮だろうね」

「なるほどな。被害者の年齢は」

「三十歳。ついでに言えば、二人の被害者に接点はない。あくまで今のところだけどね。当然捜査は行われるし、何か繋がりがなかったかどうかも調べられている。ニーロは一旦その件で自分の家に帰って、先に調査を始めるそうだ。昼には報告をまとめるから、その頃に来てくれって言われているよ」

「……分かった」

 アドルからの話を聞いて、エドは一旦整理するようにスープを飲んだ。横のベルドも同じように、パンをちぎって咀嚼している。

「じゃあ、午後からはニーロの家に行くとして、自由に行動が出来るのは午前中になるってことか」

「そういうことだね。とりあえず午前中は、再び情報収集に乗り出すとするよ。もう一度商店街の先から、目撃情報を探すんだ」

「商店街の先からですか?」

 疑問を呈したのは、フェイスだった。

「別の場所も探したほうが、効率的だと思いますが……」

「それがなかなか曲者でね。昨日の夜、エドたち三人が見回りに出たんだが、徹夜の努力にもかかわらず空しく徒労に終わってね」

「空しくは余計だ」

「昨日事件が起こったのが、ハミルトン家の屋敷の中。一昨日の事件は、路地裏の一角」

「聞けよ人の話」

 突っ込んだエドをスルーして、アドルは話を続けていく。他の面々も、ジト目を向けたり苦笑したりしながらも、一応耳は傾けていた。

「最初の事件が起こったとき、犯人は西の方角に逃げた。さらに、ハミルトン家は非常に警備が厳重で、外の人間がわざわざ入って事件を起こすのは考えにくい。したがって、屋敷内部の人間の犯行と推察できる」

「ふむ」

「後から地図を見せるけど、最初の事件が起こった場所から、商店街を通って北上すれば、最短経路でハミルトン家に到着できる。最初の事件で犯人が西に逃げたのも、警備の厳しい屋敷の中で事件を起こすことができたのも、内部の人間の仕業とすれば、無理なく説明が通るんだ。もちろん、この二つの事件に繋がりがある場合に限るけど、調査をしてみる価値はある。当然、人通りの多い場所を避けたということも考えられるから、付近の通りにももう一度調査に当たりたい。以上が私の意見だが、何か他に案はあるかい?」

「いや、俺に異論はない」

 確認をするアドルの声に、エドが真っ先に答えを告げた。先の対応にはぼやきながらも、行動に異論はないらしい。続いてシリィとフェイスの二人、ベルドとヒオリのエルビウム夫妻も賛成を告げる。後は、ペリルだが……

「……いいかい、ペリル?」

「え、あ、はい。それでいいと思います」

 考え事でもしていたのか、ちょっと抜けた返事だった。






 食器を片付け、軽く準備を整えて。時間がないので三班に別れ、一行は情報収集を開始した。ちなみに班分けはベルドとシリィ、エドとヒオリ、アドルとフェイスとペリルの三つだ。途中まではルートは同じなので、通行人に話しかけながら一緒に情報を集めていく。

「そろそろ、別々に行動しません?」

「まだいいよ」

 このやり取りは、既に三度目を数えている。ペリルが少し浮ついた声で提案し、ヒオリがそれを切り捨てる形だ。他の面々もまだ別れなくていいとは思っているため、特に異論は唱えないが……難しい顔をしているアドルと、そのアドルと断固目を合わせようとしないヒオリとの間に、微妙な空気が漂っている。エドとベルドが顔を見合わせ、肩をすくめて苦笑した。

「あの、そろそろ、別行動しません?」

「……まあ、その……」

 と、ペリルが再び提案した。そこは商店街の入り口付近で、すぐ目の前には目撃情報が途絶えた雑貨屋と服屋がある。ヒオリが少々口ごもったが、そこへアドルが頷いた。

「確かに、そろそろ頃合だね。そうしたら、ここで班を分けるとしよう」

「…………」

 シリィのほうをちらりと見て、ヒオリが石ころを軽く蹴った。しかし、一度決まってしまった班分けを今更覆すことは出来ないのか、目だけで何かを訴えるものの、言葉に出しては何も言わない。エドと並んで去っていくヒオリを、フェイスが不満そうに見送っていた。

「つまんないです」

「何がだよ」

「てっきり、ベルドのほうを何度も何度も何度も何度も振り返りながら去っていくのかと思いました」

「ねーよ」

 ヒオリは特に必要性がない限り、ベルドと別れるのをよしとしない。しかし、そんな彼らでも、仕事となれば話は別だ。班分けを決めるときにも一度はゴネたが、そこまで頑なに拒み続ける女ではなかった。

 そんなヒオリの行動を思い出したのか、アドルがどこか感情の読みにくい声で言葉を発する。

「私から言わせれば、一度ゴネるだけでも重症なんだけどね」

「言ってやるな、アドル。自覚はしている」

 対するベルドは、やはり苦笑気味の言葉を返した。その横で、フェイスが今度はよだれでも垂らすんじゃないかと思われるほどにニヤつきはじめる。

「そういえば、ベルドが一度、ヒオリへのプレゼントを買いに行ったとき、凄かったんですってね」

「…………」

 ヒオリへのプレゼントを買いに行ったとき。それはベルドとヒオリが仲間たちと別れ、二ヶ月ほど旅をしたときの出来事だった。着いた村で準備を整えていたときに、ベルドはヒオリにとてもよく似合いそうな小物を見つけたのだ。サプライズでプレゼントしてやろうと、ベルドは宿屋に帰ってからヒオリに黙ってこっそり抜け出し、その小物を店まで買いに行ったのだが、そこでちょっとした事件に巻き込まれてしまい、二日ほど帰れなくなってしまったという事件があった。この時ヒオリは飲まず食わずで睡眠もとらずに昼はベルドを探し回り、夜は部屋の入り口で体育座りをしてずーっとベルドが帰ってくるのを待っていたという前科があった。

 と、その話のどこかが癇に障ったのか、珍しくアドルが急かすような言葉を発する。

「そんなことはどうでもいい。行くよ、フェイス」

「はいはい」

 アドルの性格をそれなりには知っているフェイスも、何も言わずについていく。後ろではベルドがシリィを促し、情報収集に出発していた。自分たちも情報を集めながら、アドルがフェイスに言葉をかける。

「あれでいて、いざ真面目な時になると一分の乱れもない連携を見せる実力があるから、難しいところもあるんだけどね」

「ベルドとヒオリのことですか?」

「まあね。性格はともかく、実力は高い」

「アドルちゃんも大概だと思いますが……どうしました、ペリルさん?」

「あ……いえ、あの、あちらの道も調べませんか?」

「あちら?」

 立ち止まったペリルが指差したのは、一本挟んだ裏路地だった。

「あの辺、昔不審者が見られたことがありまして……もう大分前の話ですが、寄ってみてもいいのではないかと」

「大分前ですか……どれくらいですか?」

「いえ、三年ほど……」

 三年も前なら、重要な情報が出てくるとは思えないが。ちょうど目の前から冒険者らしき一団が歩いてきたので、アドルとフェイスはそちらのほうに話しかける。ペリルも特に裏路地にこだわりはなかったのか、二人が冒険者にお礼を言ったときには、既にその先にいる店の主人に話しかけていた。アドルたちも合流しようとして――ふと、アドルの眼差しが険しくなる。

「どうかしましたか、アドルちゃん?」

「……いや。なんでもないさ」

 フェイスの問いに、アドルは小さく首を振った。






 情報収集を終え、アドルたちは残った面々と合流する。ベルドとシリィ、エドとヒオリは一足先に合流しており、なにやら話し込んでいた。

「遅くなりました」

「おう、フェイスたちか。気にするな気にするな、まだ時間には余裕はある」

 軽く頭を下げるフェイスに、軽く手を挙げてベルドが答える。実際に時間には余裕があるため、これらは社交辞令だろう。お互いそんなことは分かっているので、一行は近くの大衆食堂に移動する。アドルとヒオリ、ペリルの三人は白身魚をムニエルにしたもの、シリィは肉類、フェイスとベルドはお得なセットメニューを頼み、何故かエドは野菜サラダのみである。

「お前、ダイエットでもしているのか?」

「いや、単にそういう気分なんだ」

 特に否定することもなく、焦ることもないエドからすると、本当に気分で頼んだらしい。朝食の時には普通に肉を食べていたから、ダイエットは確かにないのだろうが。

「で、そっちの様子は?」

「一件だけあったが、信憑性には欠けているな。姐さんたちの方はどうだ?」

「似たようなものだね。アドルたちは?」

「全くなかった。私たちは完全に空振りだね」

「なるほどねぇ……これは、向こうで何か有力な情報を掴んでくれたことを祈るしかないか……」

 情報は全くないわけではなかったが、それは果たして“その”情報に繋がるのか。アドルは深く思考の海に沈んだまま、食事を終える。

「ごちそうさまでした」

 食後の挨拶をして、軽く休憩と雑談をすると、ちょうどいい時間になっていた。アドルたちはペリルと連れ立って、ハミルトン家を目指していく。

 住宅地を抜け、川沿いの道を歩いていく。橋を渡り、後は通りを二つ渡って用水路を抜ければ、ハミルトンの家に着く。アドルは歩くペースを落とすと、横並びに歩いていたエドとベルドの間に入った。

 そして――

「……気付いたか?」

「――ああ」

 “その”手がかりに、確信を得て。どちらへともなく、話しかける。返事はベルドから返ってきたが、エドも完全に察していた。横のヒオリも、険しい眼差しを向けている。一つ目の通りを抜け、二つ目の通りを抜け――用水路の手前で、アドルは静かに立ち止まった。

「アドル? どうかしたのかい?」

「……ここを抜ければ、ニーロの家だ」

 分かりきったことを、確認するようにアドルは言う。しかし、彼の言葉には続きがあった。

「だけど、その前に一つだけ聞かせてほしい」

 目線を向けた先は――ペリル。

「……ペリル。なぜ君は……先ほどから、自分の姿が映るものを避けるんだい?」

「――――っ!!」

 ペリルの表情が、凍りついた。






「…………」

 通りから抜けた、用水路の手前――人通りの少なくなったこの場所で、空気が急速に帯電していく。六対の視線をぶつけられて、ペリルは一歩、後ずさったようにも見えた。

「なんの、事ですか……?」

「あまり、しらばっくれない方がいいよ。姐さんはともかく、私たちを騙しきれるとは思わないことだ」

「アンタはいちいち一言多いんだよ」

 シリィの言葉を、アドルはいつものごとくスルーする。その横で、エドが軽く位置取りを変えた。一見何のことはない動作だが、見る人が見ればそのさりげなさと鮮やかさに感心したことだろう。ペリルが迂闊な行動をすれば、即座に制圧できる位置取りである。

「じ、時間がないのでしょう? はやく、ニーロさんのところに行かないと……」

「質問をしているのは私のほうだ。それとも、君の言う通り、ニーロの家へと向かおうか? ただしその代わり、この先の用水路に映る君の姿は、ちゃんと観察させてもらうよ」

「く……」

 隙のない言葉に、ペリルは大きくたじろいだ。もはやごまかすことは不可能なのだが、ここでシリィが質問を投げる。

「アドル、一体どういうことなんだい?」

「やっぱり分かってなかったじゃん」

 容赦のない一言が入るが、説明することに異論はない。アドルは先ほど気付いた違和感から、今日のペリルの“その”行動を暴露していく。

「ペリルは今日、自分の姿が映るものを、極端なほどに避けているんだ」

「それは……」

「違うとは言わせない。三班に分かれて行動するとき、君は何度も班別の行動に持ち込もうとした。危ないところで、成功したようだけどね」

「危ないところ?」

「あのまま行ったら、服屋の鏡に自分の姿が映ったからさ。班別に行動したときにも、鏡のある場所を避けようとしていた。フェイス、どこだったか分かるかい?」

 シリィの質問に答えを返し、アドルはフェイスに話を振る。フェイスはしばらく考えていた風だったが、やがて思いついたように言葉を発した。

「……裏路地の手前、ですか?」

「その通り。正確に言えば、あそこにあったのは大きなガラスだったけどね」

「…………」

「他にも、さっき川沿いを歩いたときにも、君はさりげなく一番土手側を歩いていた。私たちが橋を渡る手前では、確か靴紐が解けたんだっけ?」

 アドルの並べる根拠の前に、ペリルは反論の言葉を失っていく。全ての根拠を並べ終え、アドルはペリルに質問をした。

「これらがすべて私たちの考え過ぎだというなら、この先の用水路に君の姿を映してくれ。ただ、私たちは、君を追い詰めたいわけじゃない。真実を知りたいだけなんだ。だから――」

 何か隠していることがあれば、正直に話してくれ。アドルのそんな一言に、ペリルは全てを観念したように話し出した。