勇者のための四重唱


渓谷の街 11

 パーティは、開始が少々遅れたものの、無事に開始し、終了した。厨房の料理は使えなかったし、そもそも厨房自体が戦闘により本格的な工事が必要な状態になっていたのだが、問題なかった。全てが片付いた頃合を見計らって、本城から料理が届いたのだ。誰の考えか想像がつかない訳でもないが、抜け目がない。

 そのおかげもあって、客は城内で起こった事を知ることもなく、城から届けられた自慢の料理に舌鼓を打ち、談笑を楽しんだ。

 驚いた事に、ベルド達も出席者の数に入っていた。二人は誘われるままに、会場の片隅にアドル達と一緒に座った。ヒオリはフェイスと楽しそうにお菓子を食べている。アドルが絶賛していた甘味は、本当に美味しいらしい。ヒオリの顔は緩みっぱなしだ。

 同じテーブルには、ベルドたちに仕事を斡旋したバイト事務員と、彼女と一緒にパーティの受付をしていた色男も一緒だった。

「うちの仲間が迷惑かけたな」

 申し訳なさそうな表情で、アドルの向こう側にいる色男が右手を差し出す。

「エドマンド――エドだ。あっちはシリィ。もう全て終わったが、よろしく」

「よろしく」

 差し出された手をアドル越しに握り、ベルドは苦笑する。そう言えば、最初にあった人物だというのに、赤毛の女性の名前を知らなかった。

「聞かれなかったからね」

 エドの隣で、シリィが飄々と答える。確かに、何者かと聞いて冒険者だと言う答えは得たが、名前までは聞いた記憶がない。事務員の名前など、興味なかったからだ。

 聞かれなかったから、言わなかった――今回は、そればかりだ。

「聞けば、答えてくれたのか?」

「答えられるものならね」

 シリィが、唐揚げを摘みながら答える。

「じゃあ、お前らが何者かと聞いても?」

「冒険者だよ」

 ……この答えは想像できた。つまり、抽象的な問いには抽象的に、具体的な問いには具体的に返すのが、彼らの姿勢なのだろう。別におかしいことではない。ベルドの質問が悪い。

「ここに来たのは、領主に招待されたからだよな。なんで、ギルドでバイトしていたんだ?」

「暇だったんだよ」

 これも、会った時に聞いた気がする。

「聖都でこのパーティの知らせを受けたんだよ。ちょうど仕事の切れ目だったから、早かったけれどすぐに出たんだよ。道中で何かあれば時間稼げると思ったんだけど、あいにくこの谷は平和でねえ……」

 それは、わかる。ベルドたちも、なんとなくこっち方面に足を運んだはいいが、旅の冒険者を必要とする事態が全く無くて困っていた。そこに住み着いている冒険者だけで対処できるほど、平和なのだ。遺跡の類すらない。だから、金が尽きた。

「早く着き過ぎて、ここで暇を持て余していたら、エド個人に仕事の依頼が来てね」

「胡散臭くて面白そうだから、請けろと言われた」

 誰に、とは言わないが、視線がベルドとエドの間にいる男へと向けられていた。

 アドルはエドの視線を受けて、気怠げに顔を上げる。パーティが始まったあたりから、アドルはだるそうにしていた。顔色も心なしか悪い気がしないでもない。

「毒薬集めの依頼を知ったのが、今日だと言っていなかったか?」

「半金を受け取るのが今日という情報を知ったのが、今朝だ」

「詭弁だ」

 そうだよ、とアドルは悪びれない。

「でも、重要な情報だった。その情報をエドから得られたから、ベルドに話す事が出来たんだ」

「口を軽くする口実か」

「そういうことだな」

 答えたのはエドだ。

「契約が真っ当に成り立っている間は、口止めされている仕事を部外者に話す訳にはいかないだろ」

 薬草受け渡しの場で全額受け取れなかった時点で、契約は破られたとみなし、ベルドへ情報を開示した、というわけだ。なかなか、まどろっこしい事をしている。

「もっとも、集めた草の殆どが偽物だから、先に契約を破ったのは俺になるが……」

 エドは自嘲する。

「報酬が欲しかったわけでもないしな」

 今回の一件、彼らの収入は皆無に等しいという事か。金に対する頓着が無さすぎる。仕事を請ける動機が、貴族の道楽に見えて仕方がない。

「お前も暇つぶしか」

「いや」

 エドは首を振る。

「アドルが請けろと言わなければ断った仕事だ」

 万が一を考えて、ダミーを集めろと言ったのもアドルらしい。動機がふざけている割に慎重な態度のアドルも、無茶な仲間の注文をこなしたエドもなかなかのものである。

「エドが仕事を請けた次の日に、アンタ達と、ナタリーが来たんだよ」

「俺等にその仕事を振ったのは?」

「あの時、あの場に居た冒険者の中で、最も適当だと思ったからだけど」

「最初から、アドルとフェイス請けるという選択肢は?」

「ないね」

 シリィは即答した。

「前科があるからね、アタシ等は。意外とこの街で顔が売れているんだよ」

 『前科』とは、ヴィクトルによる革命のことだろう。彼の協力者であり、英雄譚の作者。そりゃ、顔も売れていることだろう。

「アタシ等が動いていると犯人が知れば、相手だって警戒すると思ったんだよ。なんせ、領主と懇意にしているからね。だったら、ここでは無名で、でも実力は確かなアンタ等の方が、向いている」

「でも、それにお前らが参加しちゃ、意味がないじゃないか」

 ベルドが指摘すると、フェイスが笑みを浮かべたまま明後日の方向を向いた。隣のアドルも心なしか視線が泳いでいる。

「目の前の大きな餌に、食らいつかずにはいられなかったんだよ、この二人は」

 シリィが溜息を吐き、エドが呆れ顔で二人を見る。アドルとフェイスは、乾いた笑みを浮かべながら、エドとシリィからそっと視線を外した。

「まぁ、四人揃っていたり、歌ったりしなきゃばれないかな……と」

「実際、わたくしの事をわかっていたのは、コンラートさんだけでしたし」

「そもそも、犯人達は私達の事を知らなかったのだし」

「それは、結果論と言う」

「う……」

 エドの一言に、二人は唸る。

「で、でも、わたくし達は、私の顔見知りが犯人である可能性は低いと考えていたんですよ」

「そうそう。エドの依頼が暗殺と関連している可能性が高いのなら、犯人が顔見知りではない可能性も高いじゃないか」

 彼ら――エド――が領主と友好的な関係にあると知っていて、その領主を殺す毒を集めさせるのは、かなり度胸のいる事だろう。それか、超一流の詐欺師か、だ。

「ベルドさん達に協力するリスクと、協力しないリスクは、ちゃんと量ってます。その上で、協力を選んでますよ」

「そこまで信頼ないかなぁ……私達は」

「ないね」

「野次馬根性に関しては、な」

「……でも、止めなかったんだね」

 ぽそりとヒオリが言ったら、彼らは全員黙り込んだ。

 顔立ちは全く違うのに、浮かべた表情が同じで、それがおかしくて、ベルドは思わず吹き出した。

 多分、ここは怒るべきところだったのだろうが……


 依頼者のナタリーについては疑っていなかったらしい。彼女はナタリーを知らなかったし、向こうもシリィを知らなかった。だから、領主の娘かどうかすらわからなかった。だが、シリィにとって、それは重要な事ではなかったらしい。

「別に、ブリュイエール家の家族構成を把握していたわけじゃないしね。あの時居なかったから、知らなかっただけで。居なかった理由だって、色々あるだろう?」

 例えば、都会の学校へ行っていたとか。歳も歳だから、嫁に行っていてパーティだから戻って来たと言う事だって、考えられる。

「ナタリーが何者かよりも、彼女の持ってきた話が本当だった場合の危険性を考えて、ギルドで依頼を受けることにしたんだよ」

「革命を終わらせないために?」

 アドルが言っていたことを思い出す。暗殺と言う手段で、革命を頓挫させるわけにはいかない、と。確かに、あんな理由で、街をうまく治めている領主を殺されてしまえば、領民にとってはたまったものではない。

「じゃあ、あの時点で犯人は判っていなかった?」

「分かる筈がないよ」

 シリィは頷く。

 ナタリーの依頼は、ギルドの店主の許可を得た上で、シリィの仲間達に知らされた。内容が内容だっただけに、依頼人に極秘と言われていても、見過ごすわけにはいかなかったのだ。

 アドルはすぐに動き出した。ヴィクトルに噂を知らせ、パーティの参加者リストを得る。フェイスとシリィは、フロランとともに使用人を確認する。

 エドが依頼人に偽物の薬草を渡すと決めたのも、その時らしい。受け渡し日と、噂、そしてパーティの日程を考えれば、当然の処置だろう。

 彼らは、その時できることをすべてやって、ようやくベルドたちに声を掛けたのだ。

「ナタリーの存在の確認はしたんだけどね、深く掘らなかったのは落ち度だったよ」

 シリィが自嘲した。

「本当に娘だと確認できた時点で、容疑者から無意識に外していたんだろうね」

 まさか、実の娘が親を殺そうとするわけない、と。

「考えたくなかったのかもしれません」

 ヒオリと楽しそうにお菓子を食べていたフェイスが、口をはさむ。

「だから、犯人がナタリーさんだったと知った時、ちょっとショックでした」

「……親が子を殺そうとすることがあるんだ。逆だってあるさ」

 エドが低く呟く。会って間もないが、エドがそんなことを言うのに、ベルドは違和感を覚えた。

「意外と、達観しているんだな」

「事実として知っているだけだ」

「世知辛い世の中だな」

「全くだ」

 エドが、呆れたように溜息を吐く。

「犯人がわかったのは、いつだ?」

「ベルドさんと同じ時ですよ。廊下で、情報を寄せ集めて、残ったのがナタリーさんでしたから」

 フェイスが答える。彼らにはベルド以上に情報をもっており、暗殺の手段を握り潰すことはできた。だが、犯人を特定することまではできなかったのだ。

「アタシ等は、わからなかったね。当日、アドル達と情報のやり取りをしていなかったから」

「連絡とったら、ベルドさん達に、わたくし達とエド達が仲間だとばれますからね」

「……なんで、俺にバレたらいけなかったんだ」

「疑われるじゃないですか」

 なぜ、わかりきった事を聞く、と驚かれても、困る。

「そんなことしなくても、十分怪しかっただろうが、お前ら」

「ばれたら面白くない」

 アドルの答えに、軽く頭痛がした。アドルを挟んだ向こうでも、頭痛を堪える様な表情をした男がいる。なんだか、エドとは仲良くなれそうな気がした。

「……エド達があのタイミングで登場したのは?」

 ベルドの質問に、隣でアドルが小さく吹き出す。

「あの下手な演技」

「うるさい」

 エドはアドルを睨み付ける。

「俺達はヴィクトルさん達と、使われていない扉の側で待機していた」

「エドの袋が台所にあるのは、事前にエドが確認してわかってたからね。その時には、厨房でケリをつける事は分かっていたし」

「ふーん」

 厨房で決着つけることは、彼らの中では決まっていたのか。知らなかったのが、ベルド達だけだと言うのは、かなり面白くない。

「俺とはそういう打ち合わせなかったよな」

「あれ?」

 アドルが、彼の本当の仲間に向かって首をかしげる。

「打ち合わせ、したっけ?」

 問われた三人は、揃って首を左右に振った。

「俺があの袋を届ける前に、厨房で決着がつけば簡単だって、言ってたからな」

「あれ!?」

 それは、ベルドの前でも言った。確かに、言ったが……あれは、希望だったのではないのか?

「アドルがああ言ったって事は、厨房で方を付けるって事だろ」

 エドは、当たり前だと言わんばかりだ。

「そうですよね」

「だから、フェイスたちも城に消えた後、アタシ達はヴィクトル氏と接触して、厨房へ向かったんだよ」

 それは、アドルをよく知る彼らだからわかる事なのだろう。流石に、出会って二日のベルドに、それを察することはできない。

「扉の向こう側で話を聞いて、ヴィクトルさんが飛び出しかけたから、先に出ざるを得なかったんだよ――あんな下手な演技してでもな」

 彼は、エド達がとめる間もなく扉を開けたらしい。エドにできたのは、ヴィクトルを止めて代わりに自分が扉から姿を現す事だけだったのだ。

「エドにしては、機転の効いた登場理由だったね――十分不自然だったけど」

 また、アドルが吹き出す。彼の行動は、アドルの笑いのツボにはまっていたらしい。エドは思いっきり顔をしかめた。

「結局、追い詰めすぎてあんなことになったが」

「とどめを刺したのは、領主だろ。お前等じゃない」

 領主は、アドル達に彼らが知りうる全てを聞いていた。だから、彼女のやろうとしたことを後悔させるために、毒ではないモノが盛られた盃を口にして、倒れる演技をしたのだ。

 彼女にとっては、きつすぎる灸となったようだが。


 そのナタリーは、今、笑顔で父の隣にいた。

 ひびの入ったグラスを片手に、にこやかに談笑している。魔物に堕ちた影響は、ない様だ。


 つくづく、取り返しのつかないことにならなくて良かったと思う。

 領主の命は守られた。犯人は捕まった。真相も暴けた。ついでとばかりに、上手く行っていなかった親子関係まで修復してしまった。

 アドルの手のひらで踊っているだけで、依頼を自分達で成し遂げた実感が無いのが気に入らないが。

 あと、懸念は一つある。

 ナタリーから請けた依頼は、成功したと言えるのだろうか。成功したとしても、報酬は貰えるのだろうか……貰えないとなると、かなり痛い。なぜ、成功報酬にしてしまったのだと、数日前の自分を、罵りたい。

 ベルドは、嫌な予感を振り払うかのように、首を左右に振る。今は、祝いの場。今できる楽しみを、満喫するべきだ。

 明日でも考えられることは、明日やればいい。

「乾杯するかっ!」

 ベルドは、グラスを掲げた。

「何に?」

「当然、あの家族の前途に」

「そうだねっ!」

 ヒオリが満面の笑みで、果実酒の入ったグラスを掲げる。

「いいね」

「祈りましょう」

 シリィが、フェイスが、薄く色のついたロゼワインを掲げた。エドとアドルが、笑いながら続く。彼らの杯にアルコールは入っていない。本当に苦手だったらしい。

「乾杯」

『乾杯っ!』

 ベルドが驚くくらい綺麗に揃った乾杯の号令に、周囲の席の人々が一斉に振り向いた。