勇者のための四重唱


渓谷の街 2

 依頼人は、バイト事務員より少し年嵩の女性だった。入って来たギルドのバイトと冒険者を、椅子に座ったままぽかんと見ている。恐らく、事務員が連れて来た冒険者があまりに若かったので、面食らっているのだろう。いつもの反応だ。

 いつもの反応だから、当然、次に起こる事も容易に想像出来る。案の定、女性の顔が、徐々に赤らんできた。

「これはっ……」

「依頼人のナタリー。自称、領主の娘」

「じ、自称って失礼じゃないの!?」

 事務員によって遮られた怒声は、種類を変えて、事務員へとぶつけられた。関係のないヒオリが、その甲高い声に怯えて、ベルドにしがみつく。しかし、事務員は平然としていた。素晴らしい面の皮の厚さだ。

「だって、アタシはアンタの事知らないからね」

 飄々と、と言うのは、こういう事を言うのだろう。

「極秘と言われている以上、確認の取り用もないし……アンタ達、知ってるかい?」

「し、知らない。ごめんなさい」

 ヒオリが、ビクビクと答える。

「今来たばかりで、領主の名も知らねーよ」

 投げやりに言いながら、ベルドは優しい手つきでヒオリを促して、席に着いた。本来なら、席を勧められてから座るのが礼儀だが、いきなり怒鳴ってヒオリを怯えさせる人間に、礼儀など必要ない。

「だが、お偉いさんの家族だってことは、わかった」

 ヒオリが怯えているから。奴隷として育った彼女は、使役する立場の人間――つまり貴族の怒声におびえる。トラウマだ。怒声の主の身分を知らなくても反射的にそうなるのだから、根が深い……当然だが。

「悪いね、怖い思いさせたようだね」

 事務員が、腰を下ろしながらヒオリに向かって言う。厚い面の皮が、本当に申し訳なさそうにしていた。

「無理には……」

「請けます」

 毅然とした口調で、ヒオリは事務員の言葉を遮った。

「一度請けると言ったんだから」

「冒険者の鏡だね」

 事務員が、目を細めて微笑んだ。初めて見る優しい笑顔に、ベルドは内心で驚愕する。

「ナタリー」

 柔らかな笑みをすぐに消して、事務員は依頼人へと向いた。

「見た目尻に殻の付いたひよっこだけど、腕が確かな冒険者だよ。彼ら以外にするというのなら、自分で見つけておくれ」

 それはつまり、ギルドとして依頼は請けない、という事だ。

 冒険者はギルドを経由せずに依頼を請ける事も可能だ。しかし、そこで起こった全てのトラブルを自分で解決しなくてはいけないというリスクがある。ギルド経由でも大体のトラブルは解決してくれないが……依頼人と冒険者、双方を保証してくれる。主に金銭面において。そのための、高い中間マージンだ。

「……わかったわ」

 ナタリーと紹介された依頼人は、事務員に向かって頷いてから、改めて冒険者へと顔を向けた。そして、上品に頭を下げる。

「無礼な振る舞いを許してください」

「敬語をやめてくれれば」

「あと、怯えさせてしまったみたいで……」

「いえ……あの、顔を上げて?」

 ヒオリの言葉で、彼女はようやく顔を上げる。そこには、さっきまでの怒りが消え、はにかむような笑みがあった。

「心の広い方で助かったわ」

 あなた、と、彼女は傍らにいる事務員へ声をかける。

「彼らに、お願いすることにします」

「話は決まったね」

 ……そもそも、この事務員は、依頼人にそれ以外の選択肢を与えていない。だが、それは言わない方が本題にすんなり入れるだろう。


「私は、ナタリー・ブリュイエール。ブリュイエール家の長女です」

 先ほどの怒鳴り声が嘘のような淑やかな声で、依頼人は名乗った。しかし、この街に来たばかりのベルド達はブリュイエール家と言うものが、何を意味するのか分からない。話の流れからして、ここの領主の家名なのだろうが。

「明後日、父の誕生パーティが開かれることをご存知でしょうか?」

「領主様の誕生パーティがあるというのは、さっき聞いた」

「そのことについて、不穏な噂を耳にしました」

 彼女は、両手で自らを抱きしめる。体が、細かく震えていた。何かに怯えるように。

「パーティに、父を狙う暗殺者が送り込まれた、と言う噂です」

 声すら震えていた。口にするのもおぞましい、と言った様子だ。

「……でも、噂だろう?」

「そうです。だから、父に言えません。噂でパーティを中止にすることも、厳戒態勢を取ることも出来ません」

 まぁ、そうだろう。領主の誕生パーティなんぞ、権威を示すか、お得意先や更なるお偉いさんへの接待か、どちらかだ。どちらにしても、不確かな暗殺の噂程度で動じては示しがつかない。

 そして、金があまり出ない理由もわかった。父に言っていないという事は、この依頼は娘の独断という事だ。領主の庇護下にある者に、大金が動かせるとは思えない。

「でも、もし、本当だったとすると……」

「そりゃ、由々しき事態だな」

 ギルドが、この依頼を蹴ることが出来ないわけだ。

「なので、パーティの警備と、噂が本当であれば犯人を突き止めて欲しいのです」

 ちょっとまて。

「……二人で?」

 広い、貴族様のお屋敷を?

「一応、我が家にも軍はありますし、父に近辺には護衛が常におります」

「どちらかと言えば、噂の特定と犯人探しがメインだね」

 事務員が補足する。

「あー。わかった」

 やるべきことは。

「じゃ、いくつか聞くが、いいか?」

「わたしに、答えることが出来るものなら」

 ナタリーの声は、震えがやんでいた。だが、まだ細い吐息のような声だ。ヒオリを怯えさせたあの怒声が嘘のような。これが、本来の彼女なのかもしれない。

「噂はどこで聞いた?」

「街中で、通りがかりに聞いたんです」

「街中? 通りがかり?」

 ベルドは自分の声が跳ね上がっていることを自覚した。

「はい。今度のパーティに、怪しい奴が潜り込むらしいと。領主を恨んでいる奴も多いからあり得るだろう、と、そういう会話が」

「…………それだけ?」

「はい」

 ベルドは事務員を無言で睨む。

 なんだこの雲をつかむような話は。街中で通りすがりに聞こえてきた、そうともとれるような会話を元に、それの真偽を確かめろという事か?

 当然、面の皮の厚い事務員は、涼しい顔だ。もしかしたら、ベルドが睨んだことに気付いていないのかもしれない。

「……心当たりは?」

 それには、彼女は首をかしげた。

「父はちょっと特殊な方法で領主になったので、恨んでいる人も少なくないと思いますが、具体的に誰かは……」

「特殊な方法?」

「前領主が不正で捕まって、その後釜で爵位を得て領主となったんです」

「単なる世襲領主と違う、という事か……」

 それは、特記事項であろう。この線で、該当しそうな人物を洗い出しておく必要はありそうだ。

「噂が本当らしいとわかったら、領主に知らせて良いのか?」

「わたしが言います。教えてください。当日、お会いしたときに」

 パーティで殺すのなら、そこまで大丈夫、という事だろう。もし、それ以前から危ないのであれば、乗り込む必要があるかもしれないが。それは、依頼主の優先項目を聞かないと判断できない。

「最優先事項は?」

「父の安全」

 即答である。当然だろう。

「了解」

「では、当日までは調査を。当日は……」

 当日落ち合う方法などを決めて、彼女はギルドを後にした。

「さて、ヒオリ」

 依頼者を見送ってから、ベルドはヒオリへ語りかける。

「荷物を置いて、街の見学と情報収集だ。出掛けるぞ」

「うん!」

 元気な返事に、ベルドの頬は思わずゆるんだ。



 谷間の街は、予想通り狭かった。人の集まる商店街は、通り一つ分。ギルドのある通りの延長線上にあるだけだ。その裏に民家がある。川を挟んで向こう側にも家はあったが、殆ど田畑だった。

 領主の家は、通りの中央から山側へ延びる広い道の先にあった。道は緩やかな上り坂になっていて、城とも呼べる領主の館は、街全体から見渡せる山の中腹にある。なぜ、偉い人は高い所に家を建てたがるのだろうか。

 領主が住む街なだけに、小規模だが商店街には一通り店が揃っている。不思議なのは、田畑が広がっているのに野菜や穀物の店が少ない事だった。野菜が無いシーズンだとしても、店自体が無いという事はないだろう。需要が少ないという事か。

 昼食はギルドで食べてしまったので、夕食を商店街にあった酒場兼食堂でとることにした。地元の情報を得るといえば、酒場だ。仕事帰りの男たちが集まる……

「いらっしゃいっ!」

 目聡い給仕がベルド達に気付いて声をかける。夕食にはまだ早いであろう時間に来たというのに、すでに席は埋まっていた。その半数は、すでに出来上がっている。仕事帰りの男たちよりも、家族連れが多いのが意外だった。

「兄ちゃんたち、旅のもんだね」

 最初に声をかけた給仕が、空席を案内しながら聞く。

「あぁ」

「やっぱり。大体、外のもんは、うちらの夕食の早さに驚く……相席でいいか?」

 相席は望むところである。

「なんで早いんだ?」

「朝が早いからよ。商店街のもん以外、みんな農家だからな、この街の住人は。日が落ちれば夕食。一杯ひっかけてすぐに寝て、お天道様と一緒に仕事開始だ」

 席に着いた二人に、メニューはあちらと壁を指し示す。メニューには野菜料理と鶏肉料理が多かった。とりあえず飲み物と、前菜を頼んだ。

 雑談しながら、郷土料理に舌鼓を打つ。旅人が珍しいのか、旅人が若いのが珍しいのか、ありがたくも向こうから声をかけてくれた。ヒオリの人懐こさと、ベルドのおどけた調子が気に入られたのか、彼らは何でも話してくれた。特に彼らが余所者に話したがったのは、領主の事だった。

 これは、ありがたい。

 ベルドは冗談を飛ばしながら、欲しい情報が出てこないか、耳を澄ませた。


「……農家の朝は早いんじゃなかったのか」

「朝、散歩してたら、畑から手を振ってくれたよ、昨日の人たち」

 ベルドのぼやきに、ヒオリが答える。それは知っている。一緒に散歩したのだから。

 ティリアの街に入ってから、一日が経った。夜、酒場の連中と意気投合し、若い者たちに誘われて、一件二件と梯子する羽目になった。明け方まで、とは言わないが、かなり遅くまで付き合っていたと思う。

 ギルドに帰って、日が出るまでの僅かな時間を睡眠にあて、朝食を食べて再び街に出た。大半が農家という事で、午前中は街中に人は殆どいなかった。皆、畑に行っているのだろう。なぜかそれなりに充実していた武器屋の店主が、午後を過ぎれば人が増えだすと教えてくれた。大体、午後二刻くらいまで、働いているのだという。

 昼も畑でとるらしい。なら、それまでふらついていてもしょうがないと、二人はギルドに戻ったのだ。

 戻ったら暇になった。暇になると、眠くなった。多少の寝不足には耐えられる身体だが、眠くない訳ではない。

「領主の事は、よぉ~~~~く分かった!」

「皆、誇りに思っているみたいだね」

「……まぁ、あの歌のとおりだったら、そうだろうな」

 彼らは、とにかく領主の英雄譚を語りたがった。その偉業は、物語と歌になったほどだと言って、うまくもない歌まで披露してくれた。

「領主の名前はヴィクトル・ブリュイエール。前領主の執事頭。民の救い主。英雄」

 前領主は代々土地を治めてきた家系のものだったが、最悪だった。金遣いが荒く、そのしわ寄せを民の税で補った。当然、違法な課税である。民は、重い課税によって困窮した。業を煮やした執事頭は、ちょうど訪れていた冒険者に手伝ってもらって、領主を捕え、上へと告発した。そして前領主は捕まり、領地を没収された。一方、王直々の命によって執事頭は爵位を得て、前領主が取り上げられた領地の、新しい領主となった。

 領主となった前執事頭は、前領主の散財の結果をすべて売り払い、全て民に返した。それから1年、人々は、見ての通り、穏やかな暮らしを送っている。一年前までの困窮が嘘のように。

「前領主には、娘がいたんだよね。でも、彼女は現領主を後見として、家族のように扱ってもらって、幸せそうだって言っていたよね」

「前領主の元で甘い汁を吸っていた奴とかいねぇのかなぁ……でも、そんな奴、パーティに呼ばねぇよなぁ」

「悪い奴は、前領主が捕まってから、街に来なくなったって言っていたよ」

 まぁ、普通そうだろう。

「わかんねぇ……眠みぃ……夜遅くまで付き合わせやがって」

「ベルドも楽しんでいたじゃん」

 わかっている。単なる八つ当たりだ。

 一晩騒いで、その中でちゃっかり欲しい情報を得ようとした。領主を快く思っていない人物は幾人か挙がったが、わざわざ誕生パーティを狙って暗殺を計画するような者が、その中に見当たらないのだ。

 何もないときに実行するのなら、容疑者はいっぱいいる。先ほど出た、前領主の元で甘い汁を吸っていた連中などを筆頭に。しかし、敢えて、パーティに狙うというのは……

「空耳だったんじゃねぇのか、お嬢様の」

「でも、本当だったら困るんだよね」

 そう。それが厄介だ。

 暗殺の計画などない、と証明することは、不可能なのだ。万に一つでもあるかもしれない。その万が一に備えるため、予測を立てておきたいのだ。全ての事態に対処するには、二人では少なすぎる。ベルドは、二人なら何でもできる、出来ない事などない、と思えるほど夢想家ではないのだ。

「はぁ~~~~~」

 ベルドは大きく溜息を吐いた。その時。

「猫の手は借りたくありませんか?」

 背後で、ころころとした高い声がした。

「うわっ!」

「可愛いっ!」

 かと思ったら、テーブルにいきなり猫が飛び降りてきた。つややかな黒毛のスマートな猫だ。驚いたベルドの声と、その姿を見たヒオリの嬉しそうな声が重なる。猫はコップや食器の間を器用に避けて、着地する。猫に魅入っているヒオリと、驚いて思わず立ち上がってしまったベルドを一瞥してから、黒猫は何も言わずに机から飛び降りた。

「……なんなんだ」

「ここのギルドの看板猫。名前はミルク」

 ぽかんとしたまま呟いたら、背後から先ほどとは別の声が答えた。

「黒猫じゃないか」

「なのに『ミルク』と言うネーミングセンスが気に入って、仲良くなった」

 猫の名前もおかしいが、この声の主も変だ。この猫を気に入る理由が、そこなのか。

「で、あんたらは?」

 ベルドはようやく動揺から立ち直って、振り返る。そこには、ベルドとそう年の違わない少女が二人、立っていた。

 空色の髪を短くした少女が、ニコりと笑って口を開く。

「私はアドル。冒険者だ」

 声から、猫の名前が気に入って猫を手懐けた方だ。

「わたくしはフェイス。アドルちゃんの仲間です」

 続いて丁寧な口調で名乗ったのは、アドルより年嵩の少女だ。最初に声をかけてきた、高い澄んだ声の方。服装から、僧籍に入っていることが容易にわかる。

「行き詰っているようだったから、声をかけてみたんだけど」

「声を?」

 これは、声をかけたのではなく、猫を仕掛けたと言うのではないだろうか。

 とんでもない登場の仕方をした二人に、ベルドは追い払うように手を振った。あいにく子供の悪戯に付き合う余裕はない。

「無償で働いてくれる奴と、有益な情報以外は御免だね」

「何が、貴方たちにとって有益な情報か分からないけど……」

 そこまで言って、アドルはおもむろにしゃがみこむ。何をやっているかと聞く前に、彼女は立ち上がった。腕には、黒猫のミルクが収まっている。彼女はミルクの喉を軽く掻いてやった。ゴロゴロと黒猫は気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。ヒオリが羨ましそうに、猫を目で追う。仲良くなったと言うのは本当らしい。

「手伝うよ?」

「お前らに出せる金の余裕はないぞ」

「暇つぶしに対価が出たら、暇つぶしではなくなる」

 なんだその理屈は。

 ベルドは思わず吹き出した。

「つまり、暇つぶしに俺らの手伝いをすると? 無償で?」

「そういう事」

 アドルは、ここでこの笑顔なのか? と言いたくなるような、綺麗な笑みを浮かべて頷いた。言っていることは生意気だが、彼女は可愛い……当然、ヒオリには負けるが。

 しかし、どんな笑顔だろうが、面白い奴だろうが、無償で仕事を手伝うと言う言葉を、素直に信じる程、ベルドの頭はおめでたく出来ていなかった。

 ベルドが不審な表情を浮かべて二人を見ていたら、アドルが肩をすくめて、フェイスに視線を投げた。フェイスは苦笑を浮かべている。

「だから、声を掛けるついでに悪戯を仕掛けるのはやめた方がいいと言ったんです。信用してもらえません」

「そうじゃなくても信用してもらえなかった気もするけど……」

 アドルのぼやきも正しいが、フェイスの言い分も正しい。初対面の人間に対して、声を掛けるついでに悪戯を仕掛けようとする性根が理解できない。ただでさえ胡散臭い申し出が、彼女の『悪戯』によって、さらに胡散臭くなっているのは確実だ。しかも、こうやっている間も手が絶えず猫とじゃれているのだから、信頼しろと言う方が無理だ。

 もっともベルドも、人に対して誤解を受けるような態度を気にせずに取ることが多いから、人の事を言えないのだが。

「失礼ですけど、あなたがたは『エルビウム夫妻』ですよね」

「……そうだよ」

 あくまで穏やかで丁寧な口調のフェイスに、ヒオリが答えた。

 そう言えば、名乗っていない。向こうは真っ先に名乗ったというのに。

「俺はベルド。このちっこいのが」

「ヒオリ、です」

「やっぱり!」

 フェイスが、大きな眼を輝かす。両手を胸の前で組み、薄く目を閉じた。

 ……いきなり神に祈られても、ひくだけなのだが。

「夢なんです……」

 ふわりとした口調で、フェイスは言う。

「何が?」

 ヒオリは首をかしげた。

「あの有名な『エルビウム夫妻』と仕事をするのがっ!」

 フェイスは、祈りの姿勢のまま、琥珀色の大きな瞳を輝かせて叫んだ。

「……もしかして、結構ミーハー?」

「否定しません」

 即答である。

 誤魔化す気もないらしい。潔いものだ。

「完璧に、ファンによる善意、です」

 アドルはミルクをヒオリに渡した。人に慣れているのか、初対面のヒオリの腕で、ミルクは大人しくしている。

「貴方たちと一緒に仕事の手伝いが出来たら、幸せ。役に立てたら僥倖。報酬は、貴方たちと仕事ができる、それそのもの」

「からかうなよ……」

 そこまで素直に憧れられると、むず痒い。ベルドは、いつものように、茶化してお茶を濁そうとした。

 だが……

「本気だよ」

 アドルはまっすぐベルドの瞳を見て言った。吸い込まれそうな深い蒼だ。反射的に頷きそうになるような、真摯な光。

「私達は、貴方たちの物語を紡ぎたいんだ」

 高くもなく低くもない声が、無限に広がる響きを持つ。

「ベルド」

 ヒオリの声で、我に返った。彼女の瞳の深さと声の広さに、呑まれていた自分に気付く。

「お手伝い、お願いしてもいいんじゃないかな」

「いいのか?」

「悪い人には思えないよ」

 ヒオリが言うなら、別にいいのだが。

「心配なら、ギルドに問い合わせてください」

 フェイスの言葉に、ベルドはカウンターへ視線を向ける。今日は、小太りの中年が椅子に座っていた。彼がぎっくり腰で休んでいた事務員だろうか。

「マスター?」

 ベルドの問いかけるような言葉に、事務員は顔を上げる。あぁ、と言う表情を浮かべた。

「この二人なら、実力に問題ないよ。方向さえ間違えなければ、オツムも優秀だ」

「引っかかる言い方だな」

「本当、失礼です」

 微妙なお墨付きをもらった二人は、おどけた口調で文句を言う。

 アドルの声に、瞳に、さっきまでの呑まれるような雰囲気が消えていて、ベルドは、こっそり安堵の息を吐いた。

「ただね、気を付けな」

 マスターが、にやりと笑った。

「只より高いものはないよ」

「心しておくよ」

 有名な慣用句だ。

 改めて言われなくても、そこは心得ている。